真昼の月は見えない

「赤也」

「はい?」

「お前、何かあっただろう」






柳蓮二は、ほぼ確信を持ってそう言った。問われた後輩は、きょとん、と一瞬呆けたような顔をして、


「…何でもないっす」


ふい、と目を逸らした。
わかりやすい。部室に居た全員がその顔を見てそう思った確率、100%。柳はそう考察する。すると部長である幸村が切原の前に進み出た。


「赤也」

「う…」


ただ幸村が名前を呼んだだけで、切原は言葉に詰まった。幸村は切原から目を離さない。どうやら我らが王者立海大附属テニス部の部長は、見逃す気は無いらしい。まあこれも柳のデータのうちではあるのだが。
切原はぎゅう、と唇を噛みしめたまま何も言わない。幸村に見据えられてなお黙秘を続けられるのは、さすが肝が据わっているというのか、愚かと呼ぶのか。
どちらにしろ、幸村から逃れるのは不可能だ。それを理解しているから、他の部員は何も言わない。柳もじっと黙って、事の成り行きを見守る。





「…実は―――――…」











「それにしても、よくも俺の後輩に手を出したよね。ふふ」


帰り道の幸村の機嫌は底辺を這っていた。隣を歩く真田がビクリと身体を揺らしたが、幸村にとってはそれは今どうでもいいらしかった。
切原が口にしたのは、胸糞悪い話だった。つまるところは、二年でレギュラーになった切原に嫉妬した三年平部員による彼への嫌がらせらしい。不確定要素が混じっているのは、手口が巧妙で切原自身も誰がやっているのか特定できていないからだ。何となくそうなのではないか、という切原の見解に基づいているだけで、確実ではないのだった。部室の様な密室では何も起こらず、教室の机や靴箱といった誰でも出入りできる場所でのみ起こる。場所から個人を特定されるのを防ぐためなのかもしれない。なんにせよ、悪質である。


「どうしてやろうかなあ」

「やること前提なのか…」

「当然だよ。ああもちろん、非合法的な事はしないから」


安心して?微笑む彼はぱっと見女神が微笑んでいるようだが、それは大きな間違いだ。柳達にはしっかりその後ろに鎮座する般若が見えた。


(全く末恐ろしい)

「幸村」

「何?」

「心意気は素晴らしいが、それは無用だ」


幸村と真田が視線を向けてくるのを見て、柳は口の端を上げた。我ながら悪い顔をしている、と自覚しながら。


「明日には全て終わっている」









次の日、立海の三年生数人が自主退学をした。なんだかわからないが、全員顔を青くさせて退学を申し出たのだ。中にはテニス部員もいたが、彼らは退学理由について家庭の事情としか答えず、そのまま姿を消した。

そして、切原への嫌がらせもぱったりと無くなったのである。




「全く、策士だなあ」

「お褒めにお預かり光栄だ」


柳が部員の練習試合のスコアを記入していると、幸村がやって来た。その顔はすっきりとしていて、昨日の機嫌が嘘のようである。


「ねえ柳」

「いつ赤也への嫌がらせに気がついて、手を打ったのか、か?」

「よくわかっているじゃないか」


さあ言え、とでも言わんばかりにこちらに笑顔を向けてくる幸村に、柳はスコアを記入する手を休めぬまま言った。


「まあ、ちょっと脅しただけだ」

「"ちょっと"?」

「ああ、"ちょっと"だ」




「このまま立海に在籍して俺が集めた赤也をいじめた件と校内での飲酒に関しての証拠を学校側に提出されるのがいいか、自主退学をしてまっさらな場所で一からスタートするか、選ばせてやっただけだ」





「…案外えげつないね、柳」

「当然だろう?」


そう言って柳は、不敵に笑った。





真昼の月は見えない
(しかし月は目視できずとも、常に目下の人間を見守っている。)

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