第四



「なーにやってんだよオカマ」

「あらやだベルちゃん!オホッ見つかっちゃったわね」

キッチンから美味そうな匂いがした。甘くて、かぶり付きたくなるような、口を濡らす匂い。今日は珍しく、任務も早めに終わったし、それでキッチンを覗いたら、カマが趣味の悪いエプロンを着て、気味が悪い笑みを浮かべて何か作っていやがった。オカマは「見つかってしまった」のに、偉く上機嫌だ。それを隠そうとする手振りも特にない。まあ今更、手遅れだけどな。

「なに作ってんの?」

「あらやだ、見て分からない?」

「いーからとっとと答えろカマ」

「うふん、ベルちゃん、今日が何日か知ってるかしら!?」

んなの知ってるに決まってんだろ馬鹿が。じーさんじゃあるめえし、日日くらい把握してるっての。カウンターに手をついて、怠そうに19日だと答える。オーブンから取り出したそれに、楽しそうに生クリームやらイチゴやらでデコレーションしていくルッスを見てケーキだってのは分かった。

「それがなんだってんだよ」

「ベルちゃんもうすぐ誕生日でしょう?それで今ケーキを焼いてるの!」

「はー?」

誕生日、すっかり忘れてた。
明々後日は俺の誕生日か。…つっても、もう22だし、職業柄、んなもの興味なんてねーけど。ま、いーや俺甘いの好きだし。タダで食えるんならオールオッケー。別に問題はねー。

「私達、明日から2日連続で任務なのよー翌日の22には帰って来れるんだけど、その日にケーキを焼く暇がないし…だから今日早めにね」

「賞味期限切れたケーキとか俺、食いたくねえよ」

「大丈夫!これがあれば!」

ちゃぷ、と俺の目の前に何だか怪しいガーネットの小瓶を披露する。中の液体共々、不気味だ。

「なんだそりゃ」

「んふっ、これはあの緑のアルコバレーノから拝借したものなの!どうやら、食品の賞味期限を取り除き、新鮮さを保つものらしいのよ!」

ルッスーリアは綺麗にデコレーションしたそれに向かって瓶の蓋を開け、今にも中の液体をふりかけようとしている。おいおい、アルコバレーノ?あいつらに関わったら、禄な目に合わねえだろうが。このバカ。

「ますますあやしいだろ、あのアルコバレーノ自体怪しいだろうが!」

「大丈夫よ!優秀な科学者の失敗作ですもの!」

「あ!?失敗!?おい、オカマいい加減に…」

「えーと中の液体、全部対象物に振りかければいいのね?」

「おい、やめ…!?」

ボン、と爆発する音が聞こえたのは確かだ。圧縮された空気が、俺に向かって飛び込んでくる。一応ガードしたが、そこまで酷い爆発でもなかった。ひでえのは煙。白い靄がこの部屋全てを濁した。

「ごめんなさい、ベルちゃん。今窓を開けたから、もうすぐ見えるようになるわ」

「ざけんなよカマ」

段々、霧が晴れてくる。
一応、失敗作となったルッスのケーキに目を向けた…が。

「あらっ、バースデーケーキが跡形もなくなくなってるわ!」

爆発で飛び散ったにしては綺麗になくなり過ぎてる。辺り一面にそれらが散乱した様子もない。その瞬間、誰かに足を掴まれた気がして、視線を下に向ける。何か、いる。臨戦体制をとるが、この奇妙な現状に、どうしてもやる気が出なかった。

「お誕生日、おめでとうございます。ベルフェゴール様」

全裸の女にいきなり祝われたら、流石の俺も口あんぐり。





そいつは白髪で、ふわふわしてて、色白なのに、瞳と唇が苺みたいに赤い。まるでケーキみたいだと思った。

「お誕生日おめでとうございます。ベルフェゴール様」

「あ……?」

「あなっあなた、一体何!?」

おいおい、落ち着けよ。
こんなの誰が予想できたよ?ケーキにわけの分からない液体撒いたらわけの分からない女の第一声が誕生日おめでとうとかさすがの俺もリアクション困る。とりあえず固まる。ルッスーリアはただ動揺しながら、わけの分からない女をまじまじと見つめた。

「私は、ベルフェゴール様のお誕生日をお祝いするためだけに生まれた存在です」

「ふざけんな」

「ふざけてなどおりません。至って真面目です」

「てめえ、どっから湧いた?」

「湧いてなどおりません。たった今出来上がったのでございます」

「出来上がった、ってどういう事なのん?」

「お母様、おはようございます。この度は私に、この様な素晴らしい使命をお与え下さり、ありがとうございます」

お"ぉい!!今の爆発音はなん…だあ"あ"あ"!!?!」

うるせー。まじでうるせー。とりあえず今、色々と新事実が発見した。こいつが出来上がって、こいつの母親がオカマでオカマは人を産めるみたいでカス鮫先輩がうるさくて驚愕してて。まあそりゃ童貞野郎の先輩は女の裸見たら驚くわな。

「あらスク!私、ついにオカマの限界を越えたわ!」

「うるせえ!早くその女に服を着せろおおお!!」

「あらやだ!あなたいつまで全裸なの?なにか着て頂戴な!」

「はい。ではその生クリームを頂戴して…」

「「なんでだよ」」









「要するに…あなた、私が作ったベルちゃんのお誕生日ケーキなのね?」

「はい。左様ですお母様」

「ああん、その響き…何か心揺さぶるものがあるわ!もっと言って!」

「くだらない事してんなよカス。それより、なんでケーキが人間みたいに歩き回って、口が聞けるんだよ。ありえねーだろ、証拠でもあんのか?」

自分をケーキだと名乗る馬鹿馬鹿しい女に、とりあえずの服を着せた。場所を変えて談話室。静かなそこで、暖炉だけがうるさく燃えている。失神したカス鮫大丈夫かなー死んでるかなー死んでるといいなー。なんて考えながら、当面の問題に直面する。
ぶっちゃけ、俺もう疲れてるわ。というより呆れてる。馬鹿馬鹿し過ぎんにも程があるだろ。人間がケーキで、ケーキが人間みたいで、女がケーキだ?ありえねえっての。どこのファンタジーだよ。
だけど、諸悪の根源のあの謎の液体があの胡散臭えアルコバレーノの失敗作だっていうから、完璧に否定できる訳でもない。さーて、どーしたもんかね。

「証拠…でございますか?」

「そ。お前がバースデーケーキだってんならそれを証明できんだろ?」

「…では、ベル様、舐めてみて下さい」

そういって女は右手の人差し指を俺の唇に差し出した。は?なんだこいつ?まじでイかれてるの?ルッスの馬鹿は、何故かキラキラした目でこちら側を見つめている。女をとりあえず睨むと、至って真面目な様子で、こちらを見据えていた。まあいいや。これでこいつがただのキチガイだって立証できんなら。でも命令されんのは嫌だから、差し出された指の爪をかじってやった。…が。

「…生クリーム?」

あっけなく、爪の一部分が剥がれ落ちて、予想より柔なそれに動揺した俺は、爪を口に含んでしまった。するとそれが生クリームの食感と味に変わって、俺の胃に沈下していった。え?まじ?こいつ本当に

「私はケーキという食品ですので、実際に、この状態のままベルフェゴール様のお口に含まれる事ができます」

「え、じゃあ…それって…やっぱりあなたがケーキってことは…そうなのよね?」

「はい。ベルフェゴール様のお誕生日まであと2日でございます。その日までに私を食して下さいませ」

カニバリズムってやつ?

「いやん、私を食べてってやつね!良かったわねベルちゃん!こんなかわいい子が食べれて!」

「か、かわいいとは人間に言うもので私風情が、」

「あらん、あなた充分女の子よ!ねえベルちゃん?」

それが困ったことに、このケーキの女は見た目的に俺のど真ん中なんだけど。顔の割にいい体してるし、おっぱいでかいし。
見た目的にはね。

「………」

なんか答えるのが億劫になって、黙り込んだのを見たオカマがなにを思ったのか、ケーキの女の手を引いて、あからさまに俺の聞こえない、且つ俺の目の届く範囲まで離れて女に耳打ちした。うぜえ。オカマまじうぜえ。
数十秒で女だけ、俺の目の前まで走ってきて、何やら恥ずかしそうに此方を見つめた。

「…なに?」

「あ、あの…」

「早く言わないと食わねーで捨てるぜ?」


「わ、わた、私をおいしくして…ベル」


久々に下半身にクリティカルヒットしたこれ。





無理無理無理。

「あのさ、昨日言ってたの無理だから」

「はい?」

俺って悩みながら寝れるのか。
気づいたらベッドで横になっていた。どうやら、朝だ。あー、夢にケーキのバケモノが出てきた所まで覚えてんだがな。うわー起きてもケーキのバケモノいるとかお前。

「俺、人殺すのは大好きだけど、人食うのは無理だから。キモい」

「ご安心下さい。私は "人" とは異なるものですから」

上半身だけ起き上がって横にいるこのバカと顔を合わせる。サイドテーブルにちょこんと座っていた。いや、お前まだケーキのつもりかよ。食品だからってテーブルの上にいりゃいいってわけじゃねえんだよ。

「いや、見た目的に人じゃん」

「こればかりは…どうしようもありませんし…」

じゃあ誰ならどーにかできるんだよ?って考えた結果、行き着いた先はクソムカつくあのエセ科学者だった。要はあいつが原因なんだよ!
そうと決まれば、あいつがいるボンゴレ本部に行くしかねえ。愛用のクルーザーがある車庫までマッハで走った。ケーキのバケモノは置いて行く。面倒だから。あのやろう、面倒なことを!
クルーザーのアクセル全開。お前が余計なもん作らなきゃ、変な事にはならなかったんだよ!

「おいクソ科学者!」

「なんだね君は?…ん?ああ、ヴァリアーの王子君じゃないか」

陰気くせえ部屋。
薄暗い部屋にホルマリンやら、機械やらが散漫していた。
薬独特の変な匂いまでする。吐きそう。

「てめえがルッスーリアに渡した変な薬のせいで俺のケーキがこんなんになったんだけど」

「バッ…馬鹿言うな!あの男が勝手に盗んで行ったんだ!」

「んなことどーでもいーんだよ。さっさと戻せカス」

「飲ませたのは…ああ…あれか」

「なんなんだよ」

「特効薬さ。元は昔に軍に頼まれて作った物だ」

さっきから、嫌な予感しかしないのは何でだ?
妙な悪寒が走る。背中を丸めて、この変態科学者の説明を待った。

「軍用に開発したものさ。無機質な物から人、つまり無機物から有機物を生成するものを考えたのだが…どうやら失敗してね」

「どこが失敗したんだよ」

「まず、生成したものの特徴が擬人化したとしても現れてしまうこと」

寒い。
そういえば、もう12月か。

「次に、寿命が限りなく短いことだ」






「お帰りなさいませ、ベルフェゴール様」

部屋に帰るとこの女がいた。
そういや、いるんだよな。いや、分かってたけど。思わずため息をついてしまった。
もう、夕方になっていた。部屋は薄暗く、オレンジに包まれている。こいつは電気の付け方さえも知らない。コートを掛け、パチンとスイッチを押せばお前が露わになった。
なんだか疲れた。

「ベルフェゴール様、お疲れですか?休みましょう」

「いや、いいから。なあ、隣来て」

ベッドに座って横にこいつの居場所を叩いて教えた。ギシ、と微かな音を立ててこいつが横に腰を下ろした。白い光だとこいつが消えて視える。
会ってから、そんな時間が経過したんでもない。好きになったわけじゃない。でも、すぐに失うには引っかかるものがある。

「なあ、お前、人間だったらちょうタイプ。馬鹿で世間知らずで、いい体で肌が白くてふわふわで」

「ベルフェゴール様?」


「お前、明後日死ぬんだって」

止まる音がした。
息が詰まる音。

「存じておりました。所詮は、食品ですから」

「もうちょっと早めに生まれてたら、
それか人間に生まれてたら、俺のど真ん中だったのになー」

「ふふ、残念です」

こいつが笑ったのを初めて見た気がする。横目に捉えて、吊られて笑う。
人間だったら、ね。まあ無理な話。ってなんでこんな食品風情にシビアな気持ちになってんだっての。馬鹿か、俺。アホくせ。
せっかく消えるってんなら、俺の思いのまま、思い通りにおちょくってやろう。

「人間じゃないとできない事してみる?」

かわいい音が響いた。
部屋中に蔓延する。

「はい?」

「い、まの」

「ちゅーだよ。飛びっきり甘い、な」

「初めてしました、へんな…感じです…」

「しし」

生クリームとイチゴの味が口の中を侵す。
こいつとのキスは誰かと比べ物にならない程に甘かった。

「明日の夜、俺はお前を食べるよ」

とても、とても甘かった。








俺の誕生日から一週間経った。


「ベルちゃん、お仕事?」

「んー、なんか、急任務らしいから、ちょちょいと行ってくるー」

「ランクSか……気をつけなよ、ベル」

「はいはい、

お前もちゃんと待っとけよ」



が、このおばかケーキ娘は変わらず俺の側にいる。

なんか幻術を現実に変える機械があったらしく、緑のアルコバレーノに頼んだのだ。
まあ、金なら腐るくらいあるし、ていうかいうこと聞かなきゃ半細切れにしてやるところだったけど。
なにやら、マーモンに耳打ちされたアルコバレーノはあっさり言うこと聞いた。
ぜってー恥ずかしいこと言いやがったよ。あのクソガキ。

まーでも



「気をつけて行ってきてください」



こいつがいりゃどーでもいーかも。
なんて。




END



おめでとうござった。


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