今日はいつもより早く帰路につくことが出来たから久しぶりにのんびりと夜を過ごせる。最近は帰ってもシャワーを浴びたらすぐに寝るだけの生活だったので、積んである本を消費するのも悪くない。
 仕事場であるジャスティスタワーから自宅への帰り道には大きな公園がある。その公園は昼夜を問わず人が多いので、煩わしいのが嫌いな私はあまりそこを通りたくはないのだが、その公園を突っ切って行く方が近道になるので仕方なくその公園を通っている。そして今日、たまたま見てしまった。
 その公園の中心には大きな噴水がある。夜はライトアップされ、恋人達が周りのベンチに座っては逢瀬を楽しんでいた。噴水前のベンチの中の一つに、見知った姿があったから、つい立ち止まってしまった。だって彼はある意味一番色恋沙汰に疎く、一番その場所に居そうにない人物であったから。
 彼はこちらに気付いてはいない。だって彼の隣りには女性が座っている。彼は顔を赤くして、その女性の隣りに座っている。二人の雰囲気を見るには、まだ恋仲には至っていないようだが、いずれそうなるのも時間の問題だろう。
 急に息苦しくなって、自分がその場に立ちっぱなしでいた事に気が付いた。早く帰って今日はもう寝てしまおう。心なしか先ほどよりも早足で、その場から去った。


***


 最近、スカイハイの調子が良くない。いや、最近というよりは10ヶ月前のジェイクとの戦いから、彼は少し調子を落としている。以前は彼の独壇場と言ってもいいほどに彼は一位で有り続けた。キング・オブ・ヒーローというあだ名も、そうして獲得したものだ。最近はその名を聴くことも、少なくなってしまったのだが。
 コンコン、と、部屋の扉をノックする音に入室を促せば、現れたのはスカイハイだった。先ほどの出動から帰ってきたばかりなのだろう、未だヒーロースーツのまま扉の前に立っている。

「どうぞ、中へ。」
「…失礼します。」

 いつもの彼とは違い暗い声。そう言えばさっきの出動の際も、彼は何故か頭から壁に激突していた。器物破損とは彼にしては珍しすぎる。
 彼は部屋の扉を閉めてから、マスクを外した。

「先ほどの、件で…。私がぶつかってしまった壁の賠償金は、私自身が払います。」

 彼は変わらない。彼がヒーローになったばかりの頃、私はまだヒーローの管理官では無かったが、似たような仕事をしていた。その時も、彼はこうして賠償金を払うと言っていた。被害は最小限に止まっていたし、人を助けるために不可抗力だったという理由もあったため、被害額が大金になることは無かったが、当時の彼にはそれを支払う事は苦しかったはずだ。それでも、彼は裁判で最終的に出た被害額をスポンサーに頼らず全額自分で支払っていた。彼は変わらない。

「わかりました。必要書類や詳細についてはまた後日連絡します。」
「はい。」

 馬鹿な男だ。こんなことをしても誰かが見ているわけではない。ポイントにすらなりはしない。毎夜のパトロールも、誰かが見ているわけではない。彼は誰かに認めてもらうために、ヒーローになったのではない、そう思う。
 本当のヒーローとは彼のような人のことを言うのだろう。きっと、彼は、彼ならば…そこまで考えて思考を止めた。無駄な事を願うものではない。

「私は貴方に期待していますよ、キング。」

 初めて会った時、彼はまだキングでも何でもないただのヒーローだったけれど、私はからかいを込めて彼をキングと呼んだ。あの時からずっと、私の中のキングは彼だった。
 それから数年、彼が本当にキングになってしまった時は流石に驚いたのだけど、やはりという気持ちもあった。

「私はもはやキングでは、」

 弱々しい声と言葉にイライラする。こんなのは彼じゃない。私の認めたキングオブヒーローではない。

「私は貴方をキングとして認めています。一位から落ちたからと言ってその評価が変わるわけではありません。」
「…。」

 彼はただ黙っている。

「それとも、未だに貴方をキングだと思っているファンを、貴方は裏切るのですか?」
「こんな私にファンなんて…」

 普段天井知らずに明るい人間が落ち込むと地の底まで行くというが、彼がまさしくだ。いつもの天井知らずの明るさも鬱陶しいけれど、こっちの地の底まで沈んだ暗さの方が鬱陶しい。それに自分を卑下するような言葉にも腹が立つ。

「ここに居ます。」

 嘘ではない。私は彼に初めて会った時から、将来有望だったこのヒーローのファンだ。誰よりもヒーローな彼の。

「貴方が自分をキングだと思わなくても、それを決めるのは貴方ではなくこのシュテルンビルトの市民なのだということをお忘れなく。」

 彼は顔を歪ませて、私の言葉を噛み締めている。誰かに縋るような瞳で私を見てきたが、彼が求めているのが私ではないと気付いたから、私は後ろを向いた。

「失礼、します…。」

 私が後ろを向いてから少しして、彼が退室していった。
 やや強く言い過ぎたのかもしれない。いつもの私らしくない。いつも通り事務的な事だけ述べればよかったのに。それだけでよかったのに。彼があまりにも彼らしくなくて、自分を卑下するようなことを言うから悪いのだ。
 私はヒーロー達の中で彼を、彼だけを認めていた。誰に知られるでもなく、どんな時もヒーローで有り続ける彼は脆弱な正義を掲げるだけのヒーロー達の中でまさにキングであると思っていたから、自分を卑下する彼が許せなかったのだ。

 きっと、私を救ってくれるのは彼しかいないと思っていたのに…。


 

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