※死ネタ ずっと、疑問に思っていたことがある。それはあくまでも疑問でしかなくて確信は無かった。そんなほんの僅かな疑問が積み重なって現れたのは小さな仮説。私はその疑問をそれ以上積み重ね組み立てることを止めてしまった。だって私は臆病者であったから。だって小さな疑問の中から現れた仮説は私の絶望であったから。 ユーリがルナティックかもしれないだなんて、そんな…。 ユーリの正義感はとても強い。初めて会った頃はそれ故に裁判官になりヒーロー管理官になったのだろうと思っていた。出会ってから数年、彼と恋仲になってから時には異常とすら言えるほどの正義が彼の心を焼いている事に気が付いた。正義感、というよりそれはどこか悪に対する嫌悪や怯えにも見えることがあった。 細い割にしっかりと筋肉のついたユーリの背中を抱きしめると違和感に疑問をかきたてられる。不自然なのだ、彼の職業は裁判官でヒーロー管理官である。身体を使う仕事ではないし身体を鍛えることが趣味というわけではない。彼の趣味は読書や映画を観ることで運動は好きではないと聞いている。母の介護をするために筋肉をつけたと言っているが、ユーリよりも幾分も小柄な母親の介護のためだけにしては身体を鍛えすぎている。 仮説はやがて確信に近付き、けれど最後のピースをはめることを私は拒んだ。私はユーリを失いたくはない。だから見て見ぬ振りをした。ユーリもきっと、私がユーリがルナティックの正体だとわかっていると気付いていたのだろう。それでも、ユーリも私もお互いを失うことが耐えられなかったのだ。 人はきっと私達を愚かだとエゴイストだと言うだろう。それでもいい、誹りを受けよう。愚か者でいい、エゴイストでいいのだ。私も、彼も、そうあることを望んだ。だって私は彼を愛していたから。 それでも、いつかは破滅と絶望が訪れるだろうという予感は確かにこの胸の内にあったのだけれど。わずかな綻びはいつしか私達の間に修復しえない溝を生んでいた。 「…スカイハイ。」 ジャスティスタワーを見下ろす地上から数百メートルの位置でルナティックと対峙する。他のヒーロー達やヒーローTVのヘリすら近寄らせない程に殺気立った空気の中、足の下に目を移すと、翼を広げた女神像が地に縫い付けられているのが見えた。私と、この女神と、その違いはいったい何処にあるのだろう。 私は空を飛んでいるが常に地に縫い付けられている。自由の翼なんてもの持っていない。今も、重力に逆らわずに堕ちてしまいたいとすら思う。 腕の通信機を外して壊した。被っていたマスクを外して腕に抱える。広がる視界。直に聞こえる風の音。 「何をしている。」 ルナティックは怪訝な声を出した。けれどその声が心なしか震えているように聞こえたのは私の間違いではないだろう。これが、最後だ。これで、最後。私は結局ユーリを助ける方法を思いつかなかった。 「マイクも通信も切ってある。ユーリ、名前を呼んでくれないか。」 ゆっくりとルナティックに近付いて、その手を取った。振り払われることのない手は、私のよく知る愛しい人のそれだった。 「キー、ス…。」 「私はヒーロー失格だね。恋人一人、守れないなんて。」 自嘲するように笑えば、ルナティックはその仮面を外した。愛しいユーリの顔。私の愛するユーリの。 「貴方は私を愛してくれた。その事実が私を苦しめていた。私は貴方を愛してしまった。だから貴方は自分を責めた。」 ユーリは私の腕を取りそっと口付けるとすぐに離して私の胸を押した。離れた距離はわずか数十cm。それでも、私達には天の川よりも遠く離れているように思えた。 私達は、恋人同士になってはいけなかった。不器用な私達。事実から目を背けて逃げることしか出来ない私達に、いったい何が出来たと言うのだろう。 「ユーリ。」 ユーリへと、縋るように腕を伸ばす。けれど私のその手はユーリには届かない。 「来ないでキース、来ないで…。」 「ユーリ。」 名前を呼んで、手を伸ばす。けれど私はその場所から動くことは出来ない。 「愛しています。心から。」 ユーリは泣いていた。けれど私はその涙を拭うことすら出来ない。 「私も愛しているよ、心から!」 たぶん私の目にも涙が浮かんでいるのだろう。視界がぼやけてユーリの姿が綺麗に見えない。本当の距離よりも遠くにいるようで無性に悲しかった。 「けれど同時に私は貴方が憎いのです。」 私も君が憎いよ、ユーリ。君の正義は歪んでいる。きっと君の正義は間違ってはいないのだろう。けれど歪んでいるのだ。その歪みは私達の正義を交わらせることはない。 「ごめんなさい、キース。そしてありがとうございます。愛しています。愛していました。」 ユーリの身体が炎に包まれるのを見ても、私は身体が動かなかった。だってユーリはそれを望んでいたから。だってもう誰もユーリを、そして私を救うことなんて出来なかったから。 炎に包まれたユーリは笑っていた。そうしてそのまま堕ちていく。数百m下の海へ。私は動けない。金縛りにあったみたいに身体を動かすことが出来なかった。 どれくらい海を見下ろしていたのだろう。辺りが薄明かりに包まれ始めてようやく私は正気に戻った。ジェットパックの燃料はほとんど無くなっており、自分の能力だけで空へ浮かんでいる。 数時間ぶりに地上へと降りればヒーロー達が私の周りに集まってきた。真っ先に声をかけてきたのはタイガー君。彼が、ルナティックが、最も気にかけていたヒーロー。 「スカイハイ…!ルナティックは?」 「彼は…彼は死んだよ。私の目の前で。」 そうだ、彼は死んだ。私の目の前で。死んだのだ。燃えて、堕ちて、消えた。 「死んだ?」 「私は、彼を…助けられなかった。」 彼が苦しんでいたのはわかっていたのに、助けるどころか手を差し伸べることすら出来なかった私は、ヒーローとはほど遠い存在だ。 「すまない、少し一人にしてほしい。」 「スカイハイ…。」 |