1.ジョンとユーリの出会い


 3日間仕事場に籠もってやっと書類の山から解放されたのはまだ昼過ぎ。残りの仕事は特に急ぎのものでもなかったので今日は半休という形を取って家に帰ることにした。
 そうして仕事場であるジャスティスタワーを出て、日差しの強い昼間の公園を早く家に帰りたい一心で早歩きに進む。昼間の公園は人が多いためあまり好きではないが、如何せん家までの近道だから仕方ない。
 公園は入ってすぐの広場に噴水があり、その周りにはベンチが置かれていた。自動販売機やジャンクフードの屋台などもあり、平日だが昼時だからだろうかそれなりに人もいた。
 そんな広場を先へと進むと市街地内だというのに芝生が生えた広々としたグラウンドになっている。キャッチボールや犬とフリスビーしている人の姿も見えた。そんなグラウンド脇にある遊歩道をランニングしている人とすれ違いながら進む。
 半分まで来ただろうか、腰に強い衝撃を感じ、つんのめる。何だと思い振り返ると目に入る黄金。

「ワン!」
「…犬。」

 ゴールデンレトリバーだ。動物は嫌いではないが、いきなり飛びついてくるような躾のなってない犬はあまり好きではない。

「わあ、すみません!お怪我は無いですか?」
「ええ。」

 飼い主なのだろうか、このゴールデンレトリバーのような眩しい黄金に今日の空のような爽やかな蒼い瞳。真夏の空のような人間。どこかで会ったことがあるような気もするが、思い出せない。

「こら、駄目じゃないか!」
「キュゥン…」

 天使だ。申し訳なさそうにこちらを伺う様子が何とも言えぬほどに可愛らしい。鼻を鳴らしてややしょんぼりとした姿になんとも同情を誘われるではないか。

「この子も反省しているようですし、そんなに叱ってあげないでください。」

 自然と出た笑みのままにそう言ってやると、飼い主の男はやや驚いたような顔をして目を見開いた。私はそんなに変なことを言っただろうか?
 疑問に思い飼い主の顔を見れば途端に顔を反らされる。もしや先の言葉で気を悪くさせてしまったか。

「それでは、失礼。」
「あ、ああ…。」

 去り際に頭を一撫でしてやればフワフワとした触り心地の良い毛並みをしている。やはりこのレトリバーは天使だ。
 家へと帰る足取りは軽い。まだ手に残るレトリバーの毛並みを思い出しながら、帰路を急いだ。


***


 キース・グッドマン。先日会ったあの天使の飼い主の名前だ。書類を整理している時にたまたま見つけたヒーロー関連の書類の中に写真があった。
 彼がヒーローになった時の管理官は私ではなかったため、あの時すぐに思い出せなかったのだろう。それに私にはわざわざトレーニングルームに行くような用事も無ければ、向こうも私の世話になるような問題を起こさないので今まで会ったことが無かった。私が直接顔を見た事がないヒーローは下手をすれば彼だけかもしれない。
 ああ、あの天使に会いたい。あれからもう数日。スカイハイが出動していない時は公園を通って帰っていたが偶然がそうあるはずもなく、まだ一度もあの天使に会えてはいない。
 今日も大量の書類と格闘し、やっと帰路につけた。時間はもう十時を回っている。今日も居ないだろうとは思ったが、それでもやはりあの天使に会いたくて公園を通る。広々とした公園はビル街にあることもあってかなり明るい。夜に通っても歩きにくいことはなかった。

「ワン!」

 噴水の前を通りかかった時、目の前から天使が走り寄ってきた。飛びついて来たのを思い切り抱き締めてやる。先日と変わらずフワフワな毛並みに顔を埋めるとふわりと石けんの匂いがした。この子が清潔な証拠だ。よほど大事に可愛がられているのだろう。
「相変わらず元気ですね。」

 わしわしと頭を撫でてやればすり寄って来る天使に、私の心が満たされるのがわかった。

「ジョン、どこだい?」

 飼い主のグッドマンの声がする。また芝生の広場でフリスビーをしていたのか、それともリードを振り切って走り回っていたのか…やんちゃ好きな困った天使のようだ。

「ワン!」
「ジョン!…わあああああすまない!またうちのジョンが…すまない…」

 さっきから赤くなったり青くなったり忙しい男だと思う。

「大丈夫ですよ。それよりこの子の名前はその、ジョン君?と言うんですか?」
「あ、ああ…。そうだよ。」
「良い名前ですね。」

 一般的だけど愛嬌のある名前。この天使にはとても似合っているように思える。

「ジョン君。」
「ワン!」

 呼べば返事をする。意外と躾はちゃんとされているのかもしれない。

「あ、あの!」
「はい?」

 何か言いたげなグッドマンに返事をしてやれば、ほぼ同時に携帯が鳴る。すみませんと一言かけてから電話に出れば、まだ残っていた部下から追加の仕事の知らせ。ワイルドタイガーがまたやってくれたらしい。

「すみません、急な仕事が入ってしまったので失礼します。おやすみなさい、ジョン君。」
「あっ…」

 去り際に一撫でしてやれば悲しそうな顔をするジョン。ああ、やはりあの子は天使だ。ジャスティスタワーへと向かう足取りは、やはり軽かった。

 

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