※死ネタ



 対峙。いつか来ると思っていた私達ヒーローとルナティックの全面対決。ルナティックの周りを囲むようにしてヒーロー達が立っている。嫌な予感がした。何故か胸がざわついて仕方がないのだ。
 私達は相容れなかった。ルナティックの掲げる正義と、私達ヒーローの掲げる正義は似ているようで違う。その違いは私達二人の間をも裂いてしまった。もう二度と、戻りはしないのだろう。絶望が心に滲む。

「そろそろ幕引きのようだな。」

 ルナティックは芝居じみた声で呟いた。今夜の作戦を、彼は知っている。今夜の作戦に賛成したのは他でもない彼自身なのだから。彼は自身が舞台から引く時を求めていた。彼の心が悲鳴を上げていた。私は、私には何も出来なかった。じわりじわりと絶望が胸に広がる。

「今日こそお縄を頂戴してやるぜ!」
「台詞のセンスが古いですよ。」
「うっせぇ!」

 タイガー君もバーナビー君も、いつもと変わらない。きっと、他のみんなもいつもと変わらないのだろう。いつもと違うのは私とユーリだけだ。今までの対峙とは違う。ユーリは死ぬ気でいる。絶望が胸を覆って息苦しい。上手く呼吸が出来なかった。
 私から見たルナティックは赤い月を背後にして立っている。まるで彼の悲しみと絶望を、月が映しているようにも見えて、私は目を逸らすことが出来なかった。

「ルナティック…」

 彼の心は今、何を思っているのだろう。彼の目は何を写しているのだろう。私には何もわからない。視界の端が揺らぐ。人の動く気配。カウントダウンが始まった。残された時間は少ないのに、私にはただ彼の名前を呼ぶことしか出来ない。

「やっと、終わる。」

 小さく呟かれたその言葉を、聞き取ったのは私しかいないのだろう。息が苦しくて、苦しくて、私は泣きそうになった。私に彼は救えない。きっと、誰にも彼を救うことなど出来ないのだ。

「大人しく投降する気は無いみてーだな。」
「投降?今更投降した所でどうなる。緩やかにただ死を待つだけの牢獄が、犯罪者に相応しいと思っているのか?」

 彼は緩やかに訪れる死など望んでいない。鮮烈で人々の心に残り、犯罪者の末路を刻みつけるような、そんな最期を望んでいるのだろう。けれど私はそんな彼の最期など望んではいない。彼は苦痛だと言うが、私は彼と共に緩やかに時を過ごしたいと思う。

「茶番は終わりだ。」

 ルナティックがそう呟き、両手を広げたのと同時に聞こえたのは複数の銃声。
 何かを思うより早く、身体が勝手に動いていた。ユーリの身体を抱き締めて反転する。周りに風で障壁を作ったが、間に合わなかった銃弾が数発身体に当たった。

「ぐっ、…!!」
「!?」

 激痛に呻く。口から溢れた血が拭えないのが煩わしくて、仮面を外した。溢れる血がスーツを濡らす。銃弾はスーツを着ていたせいでほとんどが貫通せずに体内に残っている。肺に当たったのだろうか、呼吸の度に激痛が走り、息が苦しい。

「キー、ス…。」

 ユーリが手を伸ばしてきた。頬に触れるユーリの掌。その掌に、自分の手を当てる。布越しからではわからないユーリの体温が悲しくて、そのまま握りしめた。

「スカイハイ!」

 皆がこちらへと近付いて来る。ユーリが私の身体を抱えて、飛んだ。能力である炎を推進力にしたユーリの飛行はジェットのようなGが身体にかかる。先ほどの傷口から血が溢れた。

「ユーリ…痛、い。」
「すみません。でもあと少しだけ我慢してください。」

 苦笑混じりに言えばいつも冷静なユーリが焦ったようにそう返してきた。

「待て、ルナティック!」
「待ちやがれ!」

 タイガー君とバーナビー君が追いかけて来たが、空高くに浮いている私達には届かない。ユーリは二人を一瞥して、さらに加速する。飛びそうになる意識をつなぎ止めるために深呼吸をするが、胸に走る激痛にまた意識を飛ばしかけた。

「キース、大丈夫…なわけありませんよね。」

 煌びやかな市街地からは少し離れたどこかのビルの屋上。ユーリは私の身体を寝かせた。座っているユーリの膝に頭を預ければ、ルナティックの仮面に包まれたユーリの顔が目に入った。

「ユーリ、君の顔を…見せてくれ、ないか…。」

 言えば、ゆっくりとした動作で外される仮面。ユーリは無表情だった。否、必死に無表情を保っていた。

「死ぬんですか?」

 淡々とした声。けれど微かに震えているようにも聞こえて、私はもうほとんど力の入らない手をユーリの頬に伸ばした。触れたと同時、ユーリはキツく目を瞑る。

「多、分ね…。」

 例えあの時すぐに病院に行ったとしても必ずしも助かる保証は無かっただろう。それならば最期は愛しい人の隣りで眠りにつきたい。少しずつ小さくなる心音に、眠気を誘われる。


「ユーリ、私は…ヒーローで居れた、かな?」

 この愛しきシュテルンビルト市民を、そして目の前にいる愛しき人を、私はちゃんと守れていたのだろうか。私はキングを名乗るヒーローに相応しかったのだろうか。
 考えれば考えるほどに、わからなくなる。正義とは、ヒーローとは一体なんだったのだろう。

「貴方以上のヒーローを、私は知りません。」

 ユーリは泣いていた。私はユーリに笑っていてほしいのに、いつもいつも泣かせるか、怒らせることしか出来なくて、そんな自分が情けなくて少しだけ泣いた。最後の最後まで、私はユーリを悲しませてばかりだ。

「レジェ、ンド…よりもかい?」
「、!…ええ、レジェンド…よりも。」

 ユーリの中でヒーローはレジェンドしかいない。だから今までずっと、私はユーリの中のレジェンドに嫉妬し続けていた。最後の最後まで。
 けれど例え偽りだとしても、ユーリがそう言ってくれたことが嬉しくて、そんな質問をしてしまった自分が情けなくて、やはり私はまたユーリを悲しませてしまったのだろう。

「すまない、ユーリ。」
「貴方が謝る必要はありません。」

 ふふ、と笑いながらユーリは言った。笑っていたけれど泣いているようにも見えて、どうして私はユーリを笑わせられないのだろう。

「ユーリ、私にキスを、してくれないか…慈悲のキスを。」
「貴方の望むままに。」

 ユーリの唇が触れる。いつもは少しだけ冷たく感じるその唇が、今日は何故かとても熱く感じた。

「眠い、んだ…。寝、てもいいかな?」
「今日だけ特別に子守歌を歌ってあげます。」
「あ、りがとう…。」
「今日だけですよ?」
「ふふっ…ユーリ、愛してるよ。」

 真白く塗りつぶされる意識。ユーリの歌う子守歌は国の言葉なのだろう、私には何と歌っているのかわからなかったが、子守歌というには悲しすぎる気がした。


 

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