「彼は何を思うんだろうね、ユーリ。」

 私の隣に座る男、キース・グッドマンは時折こうして突拍子もなく言葉を紡ぐ。そう言えば初めて会った時から、彼は突拍子もなかった。
 言葉の真意を掴めずに、キースの顔を見上げる。彼の目線はテレビに向いているが、とてもテレビを視聴しているようには見えない。画面に映るアイドルらしき女の子達が愛想を振りまいているのを、冷めた目でただ見ていた。

「彼、とは…?」
「彼だよ、彼。ルナティック。」

 ザワリと心がざわめく。キースの口からルナティックの名が出るとは思わなかった。彼はルナティックを否定するだろうか。
 彼に拒絶されたら、私は…。

「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。」

 恐る恐る、しかしそれを悟らせない声色でキースに問えば、彼はこちらへと目線を移してくれた。彼の瞳は悲しみと少しの自嘲を滲ませていた。

「彼の正義はとても悲しい。」

 私の頬へと手をあててそう言ったキースに、もしかすれば彼は私がルナティックの正体だと気付いているのではないかと思った。キースの顔が近付いて来る。気付いた時には私の唇に彼の唇が触れていた。

「彼は何を思うんだろう。」

 さっきと同じ言葉だが、私に問いかけてはいない。どこか許しを請うような、神にも縋るような言い方をして、キースは私を抱きしめた。
 少し高めの体温に包まれる。キースの身体は私よりも少し小さい。けれどもっともっと、まるで子供のように小さく見えて、私もキースを抱きしめた。

「ユーリ、私には彼を救うことは出来ないのだろうか。」

 溢れそうになる涙をこらえて、心を落ち着かせる。

「何故、ルナティックを救おうと言うんです。ルナティックは犯罪者だ。」

 これは私の本心。ルナティックの存在は矛盾している。ルナティックは正義を唱えているが、実際にしていることはただの大量殺人だ。それでも、粛清しなければならない。
 犯罪者の意識、犯罪の意識を変えなければ世界は変わらない。誰かがやらなければ、世界は変わらない。

「私はそうは思わないよ。」

 キースの口調は優しい。

「殺人は貴方の一番嫌いなことじゃないですか。」

 キースは誰よりもヒーローだ。悪しきを憎み、弱きを助け、人を愛する彼は殺人という行為を何よりも嫌う。だから私はルナティックの正体が私だとばれるのが怖い。彼に拒絶され嫌われる日が来るのが怖い。

「だから彼は悲しい。」
「彼は何を思うんだろうね、ユーリ。」

 私の頬を撫でながら慈しむようにそう言うキース。彼は私がルナティックだと知っている。そう確信した。そして知っていて、私を救おうとしている。私には、彼に救ってもらえる資格など無いのに。

「彼はきっとあの仮面の下で泣いているよ。」

 泣きそうなのは貴方ではないかと言いたかったが、言葉にならなかった。いつも笑っているキースは、こんな顔で泣くのかと、溢れる涙を抑えきれずぼやける視界の中で思った。

「私は彼を救いたいんだ。」
「何故…。」


「恋をしてしまったから。」

 キング・オブ・ヒーローは優しくて残酷だ。


140208/修正

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