彼は眩しく笑う。彼が眩しすぎるから、私は目を開けていられなかった。彼女の事を想って、彼女の事を話す彼はとても眩しい。誰が見ても恋をしているんだとわかるほどに、彼は眩しかった。
 私はそんな彼を見れなくて、ちゃんと彼に笑いかけれているかどうかわからないけれど、笑って彼から離れた。これ以上彼を見ていたら、私はどうにかなってしまいそうだった。

「さようなら、キース。」

 さようなら、私の初恋。



 私は彼が好きだ。そう気付いたのは、もう何年前だろうか。今思えば、彼と出会ってから一月経たずのうちに、私は彼を好きになっていたと思う。きっかけはほんの些細なことだった気がする。それでも、人嫌いな私の初めての恋だから私は大切にしたくて、彼から離れたくはなくて、彼に恋をしてからもう何年もこの想いを打ち明けることが出来ずに彼の友人であり続けた。
 女の身であれば、こんなにも想いを秘めたまま、苦しまずにすんだのかもしれない。女の身であれば、彼は私の想いを受け止めて抱きしめてくれたかもしれない。けれど現実は私も彼も同性で、私に至っては外見も中身も暗い人間だ。彼のような人と、友人になれたことすらも奇跡のような。
 彼とよく食事をするようになってから、彼とは色んな話をしたけれど、彼の口から浮いた話が出たことは今まで一度としてなかった。だから彼と恋愛を結び付けれなかったのだ。それに彼は恋愛よりもヒーローでいることを選ぶと思ったから。



「ユーリ!聞いてくれないか、私は恋をしているようなんだ!」

 彼から久しぶりに食事に誘われた今日、席についてそう言われた。水へと伸ばしかけた腕が固まる。一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だって、彼は、キングと呼ばれるヒーローで、色恋なんて、今まで、一度も…。

「ユーリ?」

 返事がないのを訝しげに思った彼が、私の顔を覗き込むように見上げる。その仕草にハッとして、水に伸ばしかけた手をその場に落とした。

「それは…おめでとうございます。」

 口から出たのは何とも間抜けた声と台詞。それでも彼は気にならないらしく、ありがとう、と照れたように笑っていた。ズキリ、ズキリ、心臓を刺されるような痛み。彼が彼女を想って笑う度に、私の心臓に一本、また一本とナイフが突き刺さる。同時にだんだんと思考回路がぼんやりとしてきた。まるで現実を受け入れることを拒否しているように。
 料理を注文したのもほとんど無意識で、運ばれてきた料理を口にした時にやっと、靄がかっていた意識がはっきりとした。彼は何を言っていいのか、何と言いたいのかわからないらしく、珍しく口数が少ない。

「ユーリ、私はどうすれば良いんだろう。君に聞くのが一番だと、思ったんだ…。」

 料理をほとんど食べ終えた時に、ようやく彼が口を開いた。思いつめたようなその表情は、今まで見たどんな表情でもなくて、私だってどうすればわからない。
 恋愛のことならばそれこそ、その手の話題に敏感なブルーローズやファイヤーエンブレムがいるだろう。既婚者であるワイルドタイガーだっている。それなのに私に相談をしてくる彼に、もしかしたらと期待を抱いては壊される。

「私はこの手の話に疎くて…あまり参考にならないかもしれませんが…。」

 何が悲しくて自分の意中の相手の恋愛相談を受けなければならないのか。そう思いはしたが、彼に頼られていることが嬉しくて、苦しさと嬉しさに私の心は荒れ狂う。
 彼の笑った顔が、私のために見せたその顔が、安心したような、照れたような、感謝しているような、その顔が、愛しく思えたから私は、彼を拒絶することが出来ないのだ。

 彼の相談に乗っていたら気付けばもう夜も遅くなっていた。腕時計を見た彼が申し訳なさそうにしているのが可愛くて、そう思ってしまった自分に内心溜め息。報われない恋がこんなにも苦しいなんて知りもしなかった。
 彼は自分の奢りでいいと言っていたが、私のプライドがそれを許さなくて、けっきょく自分の分は自分で出した。彼の不服そうな顔が何だかおかしくて小さく笑えば、彼が顔を輝かせたから、何だろうと思っていると、彼が。

「よかった、やっと笑ってくれた。」

 なんて言うものだから、私は胸が苦しくて、苦しくて、彼が愛しくて、愛しくて、本当に、涙が出そうだった。

「私はユーリは笑っている方が好きだから、ユーリに笑っていてほしいんだ。」

 ほら、貴方はそうやって、私を殺す。私の知らない誰かを好いていると言う口で、まるで恋人にでも囁くかのような言葉を簡単に言ってしまう。その言葉に私がどれほど踊らされてしまうのかわかっていないから、彼はそんな台詞を平気で言えてしまうのだ。
 彼の家と私の家への間の別れ道。住宅街の手前にあるそこはもう夜も遅いせいか私達以外に人の通る気配は無い。彼は送っていくと言ったが、これ以上彼と一緒に居たくなくて、断った。

「今夜は月が綺麗だから、一人でも大丈夫ですよ。」

 小さく笑ってそう言えば、彼も笑っていた。

「そうか。じゃあおやすみ、ユーリ。また明日。」
「さようなら、キース。」



 

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