エントランスから外へと出れば、強い日差しに襲われる。まだ初夏だというのに凶暴な太陽に、北の生まれである私はうんざりするしかない。
 私は太陽が嫌いだ。苦手でもあるし、とにかく嫌いだ。皆の愛するあの眩しさは、私には凶器以外の何物でもない。
 私の世界は夜だけでいい。昼間の私はとても無力だから…。今日の裁判も後味の悪いものになった。すべての犯罪者にその罪に相応しい罰を与えてやりたいのに、私にはその力が無い。犯罪者を裁けても、その罪に相応しい罰を与えるには至らない。
 被害者家族の慟哭が耳に入って、どうしようもない怒りに肩を震わせる。そんな自分が不甲斐なくて私は拳を握り締めた。被害者の妹が、私を責めるのはお門違いだとわかっているけれどそれでもそんな判決を下した私を許せないと言った風な表情で私を見ていたから、私はただその場を去ることしか出来なかった。
 ああ、私はなんて無力なのだろう。執務室に戻ってからも気分は陰鬱なまま、まだ提出には余裕のある書類ばかりだったので早めに仕事を切り上げた。そうしてエントランスを出れば、凶暴な日差しに襲われる。最悪だ。何もかもが。
 今日の夕食は外で食べることにしよう。今すぐに家に帰る気にはなれない。一人になりたい気もするが、煩くないレストランなら心も落ち着くだろう。

「ペトロフさん!」

 悪いことというのは何故こうも重なって起きるのだろうか。ある意味今は一番会いたくなかった人物の登場に、ばれないように溜息を吐いた。
 駆け足でこちらに近寄ってくる男に思わず顔を顰める。笑顔が眩しいなんて、そんな比喩が本当に使われる人間を、私は彼しか知らない。

「何か用ですか、グッドマンさん。」

 キース・グッドマン。真夏のよく晴れた空と太陽を思い出させる彼を、私はあまり得意としなかった。じりじりと私を焦がす太陽。私の嫌いな太陽。彼は何も考えていないように見えるから、本心が掴みにくいタイプだ。そんなところも苦手で、嫌いな彼の特徴。

「あ、いえ、用というほどでは…ただ、貴方の姿が見えたので。」

 気障ったらしい台詞も、この男にかかればまるで貴公子のそれに聞こえるのだから不思議なものだ。普段は天然で情けなく見えなくもないような、そんな男のくせに。

「そうだ!夕食をご一緒しませんか!」
「は?」

 そうだ、それがいい。なんて一人で勝手に納得している目の前の男に、思わず顔をしかめた。時々思う。彼と私は同じ文化圏の人間なのだろうか、と。いや確かに私はロシア系で彼はアメリカ系ではあるがそれにしても会話が成立しなさすぎる。

「もしかして、何か用事が…?」
「いえ、用事はないんですが…」

 まるで迷子の子犬のように、しょんぼりとこちらを見てくるものだから断ることに罪悪感を覚えた。一人になりたいけれど、この陰鬱な気を紛らわすには眼前にいる太陽のような男と話していてもいいかもしれない。そう思ったが先ほどの成立しない会話を思い出しやはり断るべきだと考え直す。

「なら、一緒に。」
「え、あ…はい。」

 そう言って笑ったその顔が、あまりにも嬉しそうだったから、つい承諾してしまったのだ。真夏の太陽のように暑苦しく私を焦がすだけの男かと思っていたけれど、まるで春の心地よくあたりを照らす優しい太陽のように笑うものだから…。

「良かった。オススメのお店があるんです。」

 そう言って先を行く男の後ろについて歩きながら辺りを見渡せば、夕方の空気の中、それぞれが様々な顔で帰路についている。そのどれもが私には羨ましく見えてしまって、縋るように目の前の背中へと目線を移した。

「もうすぐですよ。」

 ニコニコと笑う男が振り返り、前方を指差す。一瞬だけ驚いたように見開かれた目に首を傾げると男は何でもないと言った風に首を横に振った。

「あ。ここです、ここ。」

 男のオススメだというそこは和風で小洒落た感じの落ち着いた雰囲気のある居酒屋風の店で、内心ホッとする。やや粗雑な面があるというか空気が読めないというか、そんな男であるから正直全国チェーンの牛丼屋にでも連れて行かれそうだと思っていた。

「素敵なお店ですね。」
「同僚に教えてもらったんです。」

 まるで自分自身が誉められたかのように笑う男に胸が苦しくなる。過呼吸にでも陥ってしまったかのような息苦しさに、男に気付かれないように胸を抑えた。
 適当な席について男と店のオススメの品とアルコールをそれぞれ注文したところでやっと一息をついた。何故か変に緊張してしまって会話が続かない。
 この男と話していると心の中を見透かされそうで怖い。まっすぐに私を見つめる瞳が、私の叫びに気付きそうで怖いのだ。だから必要最低限の返事しかできなかった。
 それでも男は気にした風もなく話し続けている。よくもまあ話題が尽きないものだと相槌を打ちながら思っているとやっと料理が運ばれてきた。

「どうぞ。ここのカルパッチョはとても美味しいんです。そして美味しいんです!」
「いただきます。」

 この二回繰り返す口癖は本人曰わくなかなか治らないらしい。テンションが上がってしまうとつい出てしまうのだと、先ほど苦笑しながら言っていたばかりだ。

「美味しい…!」
「口に合ったようで良かった。」

 口から素直な感想がこぼれる。そんな些細な言葉にすら、いちいち顔を輝かせるのだからこの男は純粋というか何というか。まるで犬みたいだ。それも大型犬。そうだ、この男はゴールデンレトリバーに似ている。そう思うとなんだか面白くて、失礼だとは思ったがくすりと笑みがこぼれた。

「笑った!初めて見ました、ペトロフさんの笑顔!」

 何が嬉しかったのかキャッキャとまるで幼子のように笑う男が眩しくて私は思わず目を細めた。胸を焼かれたかのようなジリジリとした痛みにまた息苦しくなる。この男といると苦しくて苦しくてどうしようもなくなってしまいそうな気がする。

「綺麗だ。とても綺麗だ。」

 ああ、太陽が私を焼く。男が笑ったその顔が、愛しく思えてしまったから。だから嫌いなんだ。太陽なんて。大嫌いだ。


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