隣りで誰かが起き出す気配に目を覚ました。私の隣りで眠っていた人物と言えば恋人であるユーリしかいないはずだから、まだ覚醒しきらない意識の中で声をかける。

「ユーリ?」
「…。」

 聞こえていなかったのだろうか、ユーリからの返事はない。寝ぼけているのだろうかと思ったが、ユーリはベッドから降りてドアへと向かっている。

「ユーリ?」
「…ふっ」

 もう一度声をかければ、かすかな笑い声が聞こえた。ああ、彼はユーリではない。

「ルナティック…?」
「いかにも、私だよ。」

 彼はくつくつくつと、喉の奥で笑う。それはユーリのしない笑い方だ。そして彼が私の前に出てきた時、必ずやる笑い方でもある。私は彼に嫌われている。

「ユーリでなくて残念だったな。」

 彼は小馬鹿にしたように言った。それが無性に悲しくて、私は困ったように笑うしかなかった。

「忌々しい男だ。」

 私は彼に嫌われている。彼の唯一で彼の絶対であるユーリを、私は奪ってしまった。私は彼に嫌われて当然だ。いや、恨まれて当然だ。彼はユーリのために存在した。私はそんな彼の存在意義を奪ってしまったのだから。
 ユーリと同じ顔、ユーリと同じ声で、拒絶され否定される。それでも私は逃げれないし耳を塞ぐこともできない。

「貴様などに出会わなければ、私達は私達だけで居られたというのに。」

 ルナティックがユーリの、自分の身体を抱きしめる。私に触れられることを拒絶しているようにも、ユーリを抱き締めているようにも、そして自分自身を抱き締めているようにも見えて、その全てが悲しくて、私は密かに涙した。

「ああ、私のユーリ。」

 ルナティックはユーリを愛している。たぶん私達にはわからないような心の奥底の深い、深いところで、ルナティックとユーリは二人だけで存在している。ユーリがもし、その海の底に潜って貝殻の中に閉じこもってしまったら、私は為す術なく、海面を見ていることしか出来ないだろう。海へ潜ることすら出来ないのだ。けれどきっと、ルナティックなら。彼ならば海の底へと潜り、貝殻を壊すことなくユーリを貝殻から出してしまうのだ。
 私にユーリは救えない。私はユーリのヒーローにはなれない。ユーリのヒーローは幼い頃からユーリを守り続けてきたルナティックだけなのだろう。それでも、私はユーリを守りたい。ヒーローでなくても、頼りない人間だけど、私はユーリを守りたい。ユーリを救えなくても、伸ばした手の先にやっと触れるほどの希望しかなくても、私はユーリを愛しているから、だから私はユーリを救いたいのだ。自己満足だと言われてしまえばそうなのだろう。けれど所詮、ヒーローなんて自己満足の塊でしかないのだ。

「ルナティック、君が何と言おうと、私もユーリを愛するよ。」

 彼に何と言われようと、私が愛しているのはユーリ・ペトロフという人で、ユーリ以外の人の言葉など耳に入らない。

「忌々しい、男だ。」

 苦虫を噛み潰したような顔で言われたその言葉は、先ほどとは込められた意味が少し違うように思えた。

「私がユーリから離れるのは死ぬ時か、ユーリに殺される時だから。」

 それまでは鳥籠のような小さな世界で二人、踊り続けよう。ワルツを。

 

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