涙色の終幕



※カルディアとガンダムWのデュオのパラレル話



ふわふわと水の中に浮かんでいるような。

それでいて、空高くからゆっくりと墜ちていくような。

はたまた、少しずつ宙に浮かんでいくような。

どうしようもなく、不確かで真っ暗な世界。

しかしどこか安心感を覚える温かさに、身を任せた。

(あぁ、そうか、)

自分が死んだのだと、理解するのに時間は掛からなかった。

(あいつは、)

(あいつは無事に、聖域まで行けただろうか)

どちらにせよ、自分が知る良しは無いけれど。

死ぬ前には走馬灯が脳裏を過ぎると聞いていたが、生憎そうでもないらしい。

ただ何もない真っ暗な空間と、冷えていく身体と、沈む意識。

このまま眠るように終わるのも、悪くは、ない。


――ふいに、世界が一転した。


網膜を突き刺すような明るさに、目が眩む。

(……此処、は、)

さっきまでの淀みが嘘のような、ただ透き通り冴え渡る、白。

過去に、一度だけ。

ただ一度だけ、聖戦の前に訪れた場所だ。

と言っても自ら望んだ訳ではなく、気付いたらこの場所に立っていた。

てっきり夢だと思っていたのに。


「カルディア…!」


呼ばれた名に意図せず振り返れば、その一度だけの機会に出会った少年が三つ編みを揺らしながら真っ直ぐ駆け寄って来た。


「まさかまた会えるなんて思わなかったぜ!」

「お前…本当にデュオなのか…?」

「あったりまえだろ!俺は逃げも隠れもするが、嘘は吐かないデュオ・マックスウェルだぜっ」

「ははっ、その口振り、確かにお前だよ」

「何だよそれ。なーんか引っ掛かる物言いだなァ?」


そう言って拗ねた仕草が、どことなく獅子座のレグルスを彷彿とさせる。

その頭をぐしゃぐしゃと掻き乱してやることも もう叶わないのだと思うと、自然と苦笑いが漏れた。


「……で、何でそんなにボロボロなんだよ」


この場所が夢か現実かは分からないが、痛みは感じない。

お陰で全く気付かなかったが、全身傷だらけの血まみれだ。

恐らく、翼竜と戦いユニティを神殿の外まで逃がした後、そのまま此処へ飛ばされたのだろう。

聖衣は半壊。

自慢の爪も、もう、無い。

(――爪は、)

(爪はもう、必要無いのか)

痛みは無いから大丈夫だと伝えると、眉尻を下げたままの三つ編みは溜め息をついた。


「ったく…、どこの世界にも無茶苦茶やるヤツってのは必ずいるんだな」

「これでも俺はまだマシな方だぜ?」

「はぁ…、それでマシ、ねぇ…」

「そういうお前は、元気そうで何よりだな」

「そっちと違って生身でドンパチするわけじゃねぇからな。ま、代わりに死ぬ時は一瞬で終わっちまうけど」


そう言ってデュオは、随分と皮肉めいた笑いの後に頭の後ろで手を組んだ。

それと同時に現れた、真っ黒な、影。

デュオの後ろに巨大な金属の塊が沈黙する。


「おい…っ、デュオ!」

「へ?」


慌てて指をさせば、きょとん顔で振り返る。

しかしデュオが驚く様子はなく、むしろ嬉しそうにそれを相棒、と呼んだ。

兵器の相棒がいる、というのは聞いていたが、まさかこんな規格外の大きさだなんて考えもしなかった。

これでは まるで、


「神、だな…」

「あー…神様と言っても、死神だけど、な」


(――あぁ、そうか)

先程までデジェルが戦っていた神を思い出し呟いた言葉に対し、デュオが応えた。


「お前と相棒が揃えば『死神』になるんだっけ?」

「あぁ、戦争とはいえ、コイツと一緒に何人殺したか分かんねぇ。平和の為だって綺麗事にしちまう奴もいるだろうけど、俺は恨まれて仕方無いと思ってる。だから、皮肉を込めて、な」


デュオは『相棒』の爪先の部分を叩きながら言葉を吐き、視線を落とす。

そうか、と返す前に、視界がぐらりと揺れた。

眩暈に似た感覚に倒れる直前、デュオの身体がそれを受け止める。

しかし頭一つ分近く違う相手を抱き留めるのは困難で、結局、二人一緒に倒れ込むこととなった。


「おい! カルディアッ!?」

「…わりィ、」


そう言って起き上がろうとして、すぐに眩暈の理由が浮かんだ。

(――あぁ、時間か)


「本当に大丈夫かよ…」

「ははっ、駄目みたいだぜ」


ほら、と力の入らない左手を上げて見せれば、透けて見えるお互いの顔。

息を呑んで見開かれた瞳が、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

立ち上がってもこれではまた倒れてしまうのがオチだ。

ならば、と仰向けになり膝を借りて寝転べば、悲しい顔をしたデュオが視線を逸らした。


「そんな顔するなよ。俺は俺の戦場で全部を使い切って満足してる。ここでお前と逢えて、少し長引いただけでも儲けだろ?」

「そうかもしれねぇけどよ…」

「何の因果か知らねぇが、この出逢いも何か意味があったのかもな」


湿っぽいのは苦手だと笑えば、つられて死神も笑う。

最後に触れようとした手は頬に届かなくて、透けたまま宙を掴んだ。


「駄目だ、眠くなってきた」

「疲れたんだろ。ゆっくり休めよ」

「そうだな、死神サマに看取ってもらうってのも悪くねェ」

「……来世でまた逢えるといいな」

「リンネテンセイってやつか?」

「外国人のくせに難しい言葉知ってるなァ、お前…」

「そういうのに詳しい奴が一人、いたんだ」

「へぇ、てっきり聖闘士ってのは揃いも揃って血気盛んなのかと思ってたぜ」

「お前それどういう意味だよ!」


年下と言えど口の巧いデュオとのやり取りは、何となしに聖域での日常を彷彿とさせられ、懐かしい気分になった。

走馬灯こそ見えないが、生に対する僅かな焦がれがチリチリと胸の奥で残り火のように揺れる。

それを拭い去るように自嘲一つ漏らして、ゆっくりと瞼を閉じれば、少し冷たい掌が頭を撫でた。


「――デュオ」

「ん? どうした?」

「ありがとな」

「…どう致しまして、か?」

「あぁ。じゃあ、またな」

「またな、カルディア」


意識を微睡みに手離す寸前、おやすみ、と、確かに聞こえた気がした。


涙色の終焉
(それは必然か、神様の気まぐれか。)




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