ORION
街並みに電飾の灯りが加わり、風が肌を刺す季節。アルバフィカの嫌いな冬だ。
何が嫌かと問えば、気温の低さも勿論だが、それにかこつけて所構わず男女が距離を詰め仲睦まじくしているのを見せ付けられることに対する、精神的苦痛が尋常じゃないのだと云う。
つまりは、街中で人目も憚らずにイチャイチャとくっ付くカップルが見苦しいのだと、そういうことだ。
そんな不快な季節、今日は特に一段と気温が低かった。
なるべく家に引きこもって、事なきを得たいと願っていたのに、それは突然の来訪者によって叶わぬものとなった。
* * * * *
「……何故私が貴様の買い物に付き合わなければならないんだ…」
「こんな時期の街中を男一人では歩き辛いでしょう?」
いつぞやに仕事先である花屋の店頭で声を掛けて以来、事ある毎にアルバフィカへと付きまとうストーカー男ことミーノスは溜息を吐きながら答えた。
白い息がふわりと浮かびながら外気の寒さを見せ付ける。
さも当たり前のようにアルバフィカの家に来襲し、あまつさえ合鍵で部屋の中まで侵入してきた非常識の塊には頭を痛めるしかなかった。
「男同士の方がよっぽど歩き辛いだろう!」
「大丈夫ですよ。貴方なら十分女性に見えますから」
「貴様、人が気にしていることに対して随分な言いようだな」
「おや、気にしていらしたんですか。それは失礼」
――元々、人込みを歩くのは嫌いだ。
軽度の潔癖症だというのもあるが、何より街中を歩けば必ずと言っていい程、軟派な男達に声を掛けられるのが非常に不愉快だからだ。
元来生まれ持った身体に文句を言うつもりは無いが、それでももう少し、男らしい作りであって欲しかった。
綺麗だの可愛いだの言われて育ってきた分、物心付く頃には『格好良い男』には なれないのだと悟った。
しかし、だからこそ内面だけでも『男』であることを固持したかったし、これからもそう在り続けたいと思っている。
にも関わらず、このストーカー男は口を開く度に美しいだの綺麗だのと、不愉快な言葉を羅列する。
決して悪意ある嫌がらせではないと解ってはいても、やはり素直に受け入れることは出来なかった。
「……ふん、まぁいい。それで、お前の行きたい店というのは何処だ?」
「あの信号の先を曲がった所にある宝石店です」
「宝石店?」
「はい。大切な人がネックレスを欲しがっていましてね」
「…そうか。気に入る物が見付かるといいな」
「えぇ」
――大切な人。
それが誰かなんて聞けるはずもなく、ただ、信号の待ち時間だけが長く感じた。
* * * * *
「ありがとうございました。またの御来店をお待ちしております」
丁寧に店外へと客を見送る店員に対し、どうも、と笑顔で応えるミーノスは、端から見れば整った顔立ちをしている。
普段の奇行と減らず口のお陰で変人という目でしか見たことが無かったが、それらを除けば同性でも羨むくらいの容姿だと思う。
――そのミーノスに恋人がいないと、何故、断言出来る?
自分に付きまとっているのは気紛れの遊びで、本命が何処かにいるのではないだろうか。
何かが胸の奥で焦げるような錯覚に、自嘲的な笑いが白い息と共に零れた。
「アルバフィカ?」
「用は済んだのだろう。なら私は先に帰らせてもらう」
「送っていきますよ」
「いい。一人にさせてくれ」
車で連れて来られたとはいえ、都心とだけあって交通機関は多い。
幸いなことに電車もバスも乗り換えずに帰れる。
今はただ、自分の中の渦巻いた黒い感情に気付かれたくなかった。
「何か気に障ることがあったのなら謝ります。だから待ってください、アルバフィカ」
「煩いッ、ついて来るな!」
らしくなく声を張り上げたせいか、腕を掴もうとした手が一瞬怯んだ。
その隙に人込みに紛れて姿を消す。
先回りされる可能性があるため、家には帰れない。
チカチカと街を鮮やかに染めるイルミネーションを横目に、今この場で、消えてしまいたいと思った。