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我ながら、随分狂った思慮だと思う。
あくまで例え話だが、普段好んで使うことはあまり無いので、今だけは許して欲しい。
その例え話だが、現実的に絶対に起こり得ないことは自覚しているし、きっと一時的な感情から出た思い付きであって、恐らく根底から望んでいるわけではないと先に注釈しておく。
もし、もしも、だ。あの美しい白鳥の元に複数名の暴漢がやってきたとして、万が一にも白鳥が捕らわれたとする。
その身を暴かれ、無理に拓き汚されてしまえば、彼はきっと愛する師匠に顔向け出来なくなるだろう。
――愛する、と言っても敬愛の意味合いで、端から見ればそれがとっくに師弟愛の域を越えていることはあからさまなのだが、生憎当の本人達はそのことに気が付かぬまま、何年も擦れ違いを続けている。
自尊心を傷付けられ、堪え難い屈辱を受け、一番支えて欲しいはずの相手にそんな無様を晒せるわけもなく、一人孤独に泣く白鳥を、俺なら全身全霊を以て愛してやる。
そうなれば身も心も慰めて、その隙に付け入って、愛しいあの少年を我が物にできるのに。
なんて、そんなこと、惑星が全て等しく一列に並ぶくらい有り得ないことだ。
そういえば過去に一度だけ、冥王がそれを試みたことがあるらしいが、それも青銅達の働きによって事なきを得たのだとか。
つまりは、もし万が一にでもそのような事態が起こったとしても、小宇宙を感じ取った誰かしらの妨害が入ることは間違い無いし、冥王でさえ成し遂げられなかった無に等しい確率に本気で賭けるような、暖かい脳は持ち合わせていない。
最初にも言ったが、これはただの例え話で、一時の気の迷いだ。
* * * * *
「ミロ、起きていたのか。少し通らせてもらう」
「待て、氷河」
「…? 何か用でも?」
「お前は、俺をどう思う。俺はお前にとっての何だ?」
「ミロ…?」
「いや、何でもない。引き止めて悪かった」
シベリアから遙々会いに来たのだろう。
軽く汗を滲ませながら、全速力で各宮を上ってきたらしい。
――愛する水瓶座の為に。
「貴方のことは、信頼している」
「信頼…か。それは好意に値するものか?」
「マーマと、我が師カミュ、アイザックの次くらいに好きだ。と、思う」
「……そうか」
「どうした? 何か今日は貴方らしくないぞ、ミロ」
「なら今日はここに泊まって、お前慰めてくれるか?」
「…貴方がそうして欲しいのなら」
慰める、という言葉が何を指しているのか知らないから、そんな返事が出来るのだ。
俺は、お前が思うよりずっと、汚く狡い大人だというのに。
「冗談だよ。ほら、早くカミュの元へ行ってやれ。どうせお前の小宇宙を感じて、待ちわびているのだからな」
「ほんとうに、冗談なのか…?」
アイスブルーの双眸が、こちらの視線を捕らえる。
今なら、手を伸ばせば届く距離に、それは在るというのに。
触れて、掴んで、抱き寄せたとしても、それは俺を受け入れてくれやしない。
――なあ、親友よ。いっそこの感情を氷の棺に閉じ込めて、何処か誰にも気付かれない所に埋めてくれないだろうか。
「あぁ、だから早く行きたまえ」
「…わかった」
背を向けて走り出した白鳥は振り返ることもなく、この天蠍宮から姿を消した。
呟いた白鳥の名は、誰に聞かれるでもなく、暗闇に溶けていった。
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(もしも其れが手に入るのであれば、)