【獅子誕】川蝉は宵に囀る
「アイオリア、日が暮れたら会いに来る。寝ずに待っていろ」
「そんな遅い時間なのか?」
「いや、そうでもないと思うが、お子様は寝るのが早いからな」
「誰が子供だ!」
任務帰りなのか、珍しく真昼の獅子宮を訪れたかと思えば、すれ違い様に悪態を吐かれた。
反論して振り返れば白いマントと蠍の尾を風に揺らして、軽快な足取りで鼻歌混じりに階段を上っていくミロがいて。
お前の方が子供じゃないのかと呆れながらも、会いに来る、という約束に浮かれている自分に気付き、言葉を噤んだ。
* * * * *
「ミロ…」
「待たせたな」
少し申し訳なさそうに苦い顔をして、コツコツと石畳に足音を響かせながらミロがこちらへと近付いてくる。
「寂しくなかったか、リア」
寝台に座ったまま黙って見ているとそのままミロも隣に腰掛け、そこで漸く、名前を呼ばれた。
二人きりの時にしか決して呼ばない、愛称。
「そんなわけあるか。待ちくたびれて寝る所だったぞ」
「すまなかったな」
「訪ねて来る前に念押しするなんて珍しいな。何か重要な話か?」
「あぁ、どうしても外せない用があってな」
「用?一体なん、…ん、」
優しく触れるだけの口付けと同時に手渡された、包み。
柔らかい布製の袋に何か硬いものが入っているらしく、手のひらに置かれたそれはズシリと存在を主張した。
「自分の誕生日くらい覚えておけ、馬鹿ネコ」
「誕生日…」
ここ最近任務が忙しくて忘れていたが、言われてみれば確かに今日は自分の誕生日だ。
つまりこの包みは誕生日プレゼントというわけで。
「ハッピーバースデー、リア」
「…! ありがとう、ミロ!」
きっと今、ミロの目にはガキ臭さ全開のおれが映っているのだろうけれど、そんなことお構い無しにその胸に抱き付いた。
「なあ、開けてもいいか?」
「俺が帰った後にしてくれ。恥ずかしい」
「そうか、駄目か…」
眉尻を下げた俺を見かねて、ミロが溜め息一つ吐いた後、頭を乱暴に撫でてきた。
それは二人にしか分からない、ミロが俺を甘やかしてくれる時の、合図。
「好きにしろ」
ぶっきらぼうに言い放ち、手のひらが離れていく。
少し名残惜しい気になりながらも、布袋のリボンをゆっくりと解いた。
「……綺麗だ」
現れたのは、翡翠色をした硝子細工。
月明かりを受けて光るそれは、小さいながらも獅子を象っていた。
「この前の任務先で見付けて、な。獅子座の誕生日石と同じ色らしい」
恥ずかしそうに頬を掻く仕草が可愛くて、自分の為にわざわざ用意してくれたプレゼントが嬉しくて、硝子細工を壊さないよう注意を払いながら深く口付けた。
「折角なら、ミロも欲しい」
「年中欲しがる癖に、よく言う」
「ならば今日くらいは素直になってくれても良いんじゃないか?」
ばーか、と言いながらも満更ではない顔を見せる愛しい人に、何をお返ししようかと先の考えが過ぎったが、瞼に乗せられた口付けに思慮を奪われた。