valet
「おいデジェル、何だよその格好!」
厳格な貴族服に身を包み宮を一つずつ下っている途中、天蠍宮で笑い声混じりに指をさされた。
宮の守護者であるカルディアが、物珍しそうに上から下まで何度も見直しながら近寄る。
「勿論任務の為だ。そうでなければ我々聖闘士がこんな服を着ることもあるまい」
こんな、とは言ったものの、母国の服に身を包むのは悪い気がしない。
ましてや自分のような者には一生縁の無い、一流貴族の正装だ。
普段纏う服装とは大きくかけ離れていて動きが幾分か制限されたり、着崩れないよう動作に気を使ったりしなければならないが、このような機会に着られたことは運が良かったと思う。
「だろうな。次の任務は潜入か?それとも護衛か?」
「とある貴族の社交会場に潜入することになった」
「ちぇ、貴族の家なら美味いモン食えるんだろうな。折角なら俺に回してくれりゃイイのに」
そう言って子供のように残念な顔をして見せるが、食に対してあまり関心を持たないカルディアのことだ。恐らく料理は興味の対象ではない。
それよりも、そのパーティー自体の雰囲気や潜入捜査という任務内容の方が本命だろう。
「お前が貴族のように振る舞えるとでも?」
「あ、無理無理。堅っ苦しいのはアテナの御前だけで十分だっての」
「カルディア…!」
皮肉を込めた質問をさらりと受け流したかと思えば、黄金聖闘士にあるまじき言葉が続く。
カルディアの口が悪いのはいつものことだが、些細な不満とはいえ女神を冒涜するような台詞は許されるべきではない。
しかし長く付き合ってみて判ったことだが、その手のことに対して不平不満を述べはするが、決して悪気があるわけでも、信仰心が無いわけでもないらしい。
立場や周りの状況がどうであるかは関係無くただ思ったことを素直に口にするカルディアを、子供だと呆れると同時に羨ましくも思う。
「はいはい、分かってるって。そういう格好してる時くらい説教は無しにしてくれよ」
「…格好は関係無い」
「黙ってりゃ男前だと思うぜ?」
「それはお前にとって、だろう」
カルディアのように多弁な人間ならともかく、口を開こうが黙っていようが私は私に変わりない。
素直に褒められるならまだしも、皮肉にしか聞こえないそれに溜め息を一つ零した。
「折角ならイイ女でも隣に連れ添えたら完璧に貴族様なのにな」
「女…か」
「そうそう、色白でドレスの似合うスタイル抜群の女」
そういえば、セラフィナ様に同行する形で行くという話をしていなかった。
余程の任務でなければ黄金聖闘士が複数人で出向くことは無いため、今回も私の単独だと思われているのだろう。
だからと言ってその旨を伝えれば機嫌を損ねるのが目に見えているので、敢えて言ったりはしないが。
「……例えば、だ」
しかし付き添いの話題が出たことに対しては少々悪戯心が芽生えた。
ゆっくりと距離を詰め、その左手を手に取る。
「デジェル?」
「お前がその女役になってみるというのはどうだ」
「…はぁ!?」
素っ頓狂な顔をして声を上げるカルディア。
コロコロと表情が変わるその様は、本当に見る者を飽きさせない。
「色白のお前に似合うドレスを用意してやろう」
「意味分かんねぇんだけど」
「冗談だ。さすがに体格でバレてしまうからな」
「そういう問題じゃないだろ…! ていうか手ぇ離せ、いつまで握ってんだ!」
気恥ずかしいのか、逃げようと左手を引かれるが離しはしない。
そう、まだ本懐を遂げていないからだ。
「出掛ける前にやっておきたいことがある」
「…やっておきたいこと?」
宣言すれば疑問に首を傾げ、手を引く力が弱まった。
――あぁ、その単純な所がまた愛おしいのだ。
「カルディア」
「なんだよ」
「…愛している」
その手を胸の高さまで持ち上げ、目を伏せたまま人差し指に軽いキスを落とした。
「……っ、!」
触れた唇から、びくりと跳ねたのが分かる。
目を開けて唇を離せば、目の前には朱く染まったカルディアの顔。
「それでは行ってくるが、私が居ない間に無茶して倒れるような真似はするなよ」
「っるせぇ! さっさと行け、このムッツリ眼鏡!」
素早く左手を奪い返して右手で庇う様はまるで清純な乙女のようで。
「酷い言われようだな。たまにはこういうのも一興だろう?」
「楽しいのはお前だけだッ!」
思わず笑いを洩らしたら変態だと罵られたので、帰ってきたらこの姿のまま遊んでやろうと密かに企てた。