Lost.M
聖域に帰ってきたカルディアはどこか幼い雰囲気を纏っていて、一緒に任務に就いていたデジェルは、なんだか苦い顔をしていた。
おかえり、と声を掛けた俺に、カルディアの返事は無かった。
* * * * *
教皇様への報告があるからと、宝瓶宮でデジェルが戻るのを待たされた。
二人分の小宇宙を感じ取れたと思ったら、一つは真っ直ぐに下の宮へと過ぎていってしまった。
カルディアが自宮に戻ったのだろう。
客室の扉がノックされ、続いてデジェルが入ってくる。
向かい合わせになる形でテーブルを挟む。
「一時的な記憶障害だ」
「記憶障害…?」
「あぁ。頭部へ受けたダメージのせいで、記憶が数年前まで戻ってしまっている。時間が経てば…或いは何か現在の記憶に繋がる強いショックがあれば、そのうち思い出すだろう」
数年前。
デジェルの予想では、恐らく五年前まで遡っているらしい。
五年前だと、俺はまだ聖域に来ていないか、数いる候補生の一人にすぎない。
それならカルディアの記憶には、いなくて当然だ。
――でも、
「そのうち…って、何でそんなに冷静でいられるんだよ! 記憶が戻る確証なんて無いのに!」
もし記憶が戻らなかったら?
俺がカルディアと過ごした時間は、無かったことになるの?
「……もし、」
そう前置いて言葉を続けるデジェル。
その先の結論なんて、聞かなくたって予想はしていた。
だって自分は聖闘士で、カルディアだって同じ、戦女神の聖闘士なのだから。
けれど、その解答を認めたくなくて。
納得できるほど大人でもなくて。
どうしようも出来ない渦巻いた感情に、ただ嘆くしかなかった。