枯れたフリージア
休養日の前夜、二人でこうして酒を酌み交わすようになって、どれくらい経つだろうか。
飲み過ぎて心臓に負担を掛けるのではないかと説教を受けて、心配ならお前が付き合ってくれと冗談半分で言ってみた。
お堅いシジフォスのことだから、酒瓶を取り上げて禁酒令を出すに違いないと踏んでいたのに、意外とすんなり承諾されたのて驚いた。
それ以来、任務先で手に入れた酒と肴を持って人馬宮を訪れるようになってから、少なくとも季節は一巡りしたと思う。
「……なあ、シジフォス」
くだらない話にキリがついた所で、深く息を吐いてシジフォスの名前を呼ぶ。
どうした、と微笑む顔は酒で上気しているが為か、少しだけ幼く見える。
そんな柔らかな空気を壊すであろうことも厭わず、口調を変えないまま質問を投げ掛けた。
「『女神』ってのはさ、処女じゃないと駄目なのか?」
何処の女神だとは言っていない。
ただ『神』に属する女であれば誰だって構わない話だ。
だがそんな話をこの場所――聖域で口にすれば、誰宛でもなく無差別に放った言葉であろうと、指し示す相手は一人しかいない。
刹那、殺気を纏った小宇宙が心臓を圧迫する。
それは本当に一瞬のことで。
それでも確かに、シジフォスの眼は、俺だけを射抜いていた。
――そう、射抜いて、いた、のだ。
「例えばの話、だ」
「カルディア」
わざと殺気に気付かなかったふりをしてみても、そこにあるのは怒りだの呆れだのが混じり合った不機嫌な小宇宙だけで。
俺が望むあの鋭い眼光は、もう、何処にもない。
咎めるようにして、普段より少しだけ低いトーンで名前を呼ばれた。
その先が意味することなんて、言葉にしなくたって分かる。
「…悪かった」
これ以上続けた所で酒が不味くなるだけだ。
そう思い謝罪の言葉を呟く。
案の定シジフォスは溜め息を一つ吐いて、まったくお前は、なんて、お決まりの台詞を口にする。
纏う空気はいつも通りの穏やかなものだ。
その眼はもう、俺を映したりはしない。
焦がれて止まないその心は、この場に居ない、あの小さな女神だけに向けられていることを、俺は知っている。
その心が此方を向かないと、解っているはずなのに。
枯れたフリージア
(あの女神と同じものが欲しいとは言わない)
(ただ少しでも、俺を見て欲しかった。)