例えばこんな日常の


「は? 風邪引いたァ?」

「はい、ですので今はお会いにならない方が宜しいかと…」


つまり、明日はお互い休養日だってのに、折角手に入れた上等な葡萄酒は次回にお預けになったってことだ。

俺を気遣ってわざわざ引き止めてくれる仕事熱心な侍女には悪ィが、生憎俺は簡単に風邪なんぞを引いちまう貧弱な身体なんて持ち合わせちゃいない。

お構い無しに蠍の私室に上がり込めば、気怠そうに寝台に転がるアイツの姿がすぐに見つかった。


「よう、カルディア」

「……マニゴルドか」


ゆっくりと目を開けたカルディアが、俺の姿を捉える。

その瞳は僅かに潤んでいて、頬の染まり具合から見ても熱があることが明らかだ。


「随分へばってんなァ」

「るせぇ、何しに来やがった」

「上モノの葡萄酒。お前と飲もうと思って持ってきてやったんだが……治るまでお預けだな」


横たわるカルディアの枕元に瓶を差し出せば、揺れる液体が波音で返事をする。

それを見て溜め息を吐くと、視線を天井へ戻した。

…心底残念そうだ。


「ツイてねー…」

「日頃の行いが悪いんだろ」

「ンだよそれ。だったらお前も風邪引いちまえ」

「そしたら誰が見舞いに来るんだよ、バーカ」


他愛もないやり取りだが、それだけ言葉を交わせば具合を知るには十分で。

軽口が叩ける程度に元気なカルディアに安心して、近くにあった椅子を引き寄せ腰掛ける。

汗で少し絡んだ髪を指で梳いてやると、心地良さそうに目を閉じた。


「……マニゴルド」

「あ? どうした?」

「喉乾いた」

「水なら…って、カラだな。入れてきてやるから待ってろ」


立ち上がった俺の服を掴みながら、弱々しい声のカルディアが訴えかけた。


「…林檎がいい」


普段からそれくらい大人しけりゃ可愛げがあるってのに、勿体無ねェ。

なんて考えながら、もう一度頭を撫でてやった。


「へいへい、すぐ戻ってきてやるから。…寝るなよ?」

「……ん、」


そのままかじり付くとか言い出す前にさっきの侍女にでもすり下ろしてもらおうと、静かに部屋を後にした。


例えばこんな日常の
(ま、たまにだから可愛いく見えるってモンだ。)



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