nail




ひやりとした液体が爪の上をなぞり、そこに紅を引いていく。

握られた手との温度差に少しだけ、ぞくりと背筋が粟立った。


「失敗するなよ」


部分的に剥げてきたマニキュアを塗り直そうと一旦落とし終わった所で、普段より随分早い時間にレグルスが上がり込んできた。

そういえば今週はテストだとか言っていたような気がする。

気を取り直してマニキュアの瓶を手にした所で、レグルスが「やりたい」とゴネだした。

どうせ断っても無理やり瓶を奪われるのが目に見えているので、大人しくそれと左手を差し出して、今に至る。


「大丈夫だって! もし失敗しても除光液で…」

「さっきお前が蹴り飛ばして大量にぶちまけられた、アレが何だって?」


空いてる右手で空のボトルを指差せば、ちらりと視線をやった後、今思い出しましたという表情でレグルスが続きを描く。

意気揚々と部屋に入ってきたまでは良かったものの、座る位置を確保する際に除光液のボトルに気付かず、盛大に蹴っ飛ばしてくれた。さすがバカ猫。

お陰様で窓を全開にしてるにも関わらず、部屋中が除光液臭い。


「……ごめん」


別にいつまでも咎めるつもりはないが、ツンと鼻腔を突く特有の匂いが眉間に皺を作っていたらしい。


「もう気にしてねぇよ」

「でも…」

「ンなことより、さっさと終わらせろ。乾いたら新しいの買いに行くから付き合えよ」

「…! うん、行く!」


目を輝かせてる時のこいつは年相応にガキ臭くて、何で俺ばっかりが振り回されるのか。

それでも、惚れた弱みだろうか、それはそれでアリなんだと思う。

そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にか右手の人差し指も紅に染まっていた。


「へぇ、なかなか上手いんじゃないか」

「いつもカルディアが塗り直してるとこ、見てたからね!」

「…で、いつまで握ってるつもりだ?」

「何が?」

「手。終わったんだから離せ」


きょとんとした顔でレグルスが首を傾げた。


「終わってないよ?」

「は?」

「他の指、いつも透明なの塗ってるよね」


はい、と手の平を差し出される。

つまりは、透明のマニキュアが入った瓶を寄越せ、と。

まさか気付かれてたなんて思いもしなかった。

その意味まで知る由もないだろうが、気恥ずかしくて視線を逸らす。


「カルディア?」

「他の指は、いい」

「え?」

「塗らなくていいっつってんだろ! ほら、行くぞバカ猫!」


まだ半乾きの人差し指に気を付けながら、財布と鍵を引っ掴む。

疑問符を浮かべまくったレグルスを余所に、玄関の外で小さく溜め息を吐いた。



(n;nail=爪)




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