残夜のおわりに01 | ナノ

残夜のおわりに
※R18






※Twitterより、ハチツカさんから元ネタお借りしました。【何もかもなげうってただ生きる為に魏を出奔してきた夏侯覇が蜀に受け入れてもらってから頼まれもしないのに夜な夜な姜維の元に通って表面には出さないものの自罰的に身体を投げ出し奉仕し続け、姜維も戸惑いの中で次第に夏侯覇の身体に溺れていってしまうような】話。




* * *




「向こうでも、していたんですか?」


こういう浅ましいことを。――とまでは、姜維は口に出さなかったが、まっすぐに見下ろされたその眼には、疑いのほかに確かにそうした意味合いの蔑みが含まれていて。音を立てるほど奥歯を噛み締めながら混ざり合う体液に汚れた口元を拭った。悔しさが喉元まで込み上げたけれど、その侮蔑に怒りを感じる権利が無いことも理解していたから。今の俺は、確かに姜維の眼が語る通り浅ましくて、過去の潔白なんてものも逃げ出した身では語る立場に無い。


好きに思えば良いと思った。だから反論も何もしない。ぎこちない娼妓の真似事を、それでも決して不慣れというわけではない行為の意味を、どう解釈するかは姜維の自由だ。そう自分に言い聞かせて、うまく飲み込めない粘ついた体液と共に、溢れ出しそうになる言葉を嚥下する。


「――こんなことを…」


喉を鳴らして飲み込んだその音に姜維は不快そうに眉を顰めた。こんなこと――こんな薄汚い真似を、か。吐き捨てられた言葉が耳に刺さって、硬い床に付いたままだった膝が思い出したように痛む。窺って見上げるとその視線を拒まれた。何だよそれ。そこまで俺を気持ち悪いと思うなら突き飛ばして部屋から叩きだせば良いのに。言葉と態度では蔑んで拒絶しても、力尽くに訴えようとはしない矛盾がおかしくて、つい笑いそうになる。


ああだけど、矛盾しているのは俺も一緒か。浮かび上がる思いに気付かないふりをするために、帯を緩め乱したままの脚の間に顔を埋めて、一度は熱を奪った性器を再び口に含む。小さな悲鳴をあげて姜維は身を引こうとしたが、腰掛けたままの寝台に邪魔をされたようだった。その隙をついて逃げられないよう脚を押さえ込む。とは言っても力を込めて蹴飛ばせば簡単に逃げられただろうが、その選択は姜維には無いようだ。


舌を使って快楽を与えるために萎えたままの性器を刺激すると、引き剥がすように強く髪を掴まれる。その手が、何を思案したのかゆっくりと力を無くすさまを、どうしてか酷く鮮明に感じた。歯を立てないように注意して喉の手前まで招き入れ、少しずつ熱を高めるそれに唾液を絡める。視線だけで探れば、敷布に立てられた爪は快楽を押し留めるように白く染まり、長い指が小刻みに震えていた。陰に隠れて表情は見えない。


口腔に収めたまま舌で形を辿っては滲み出た体液を喉の奥に流し込む。代わりに、飲み込みそこねた唾液は顎を伝って床を汚した。息が苦しくなるほどそれを繰り返す。粘液の絡み合う卑猥な音だけが耳に響いて思考を鈍らせる。姜維は頑なに声を押し殺している。上顎で扱き舌で舐りながら一度引き出して、届かなかった根元にも舌先を這わせた。膝をついたままの体勢で他人の脚の間に潜り込んで、ひたすらに舌を動かす様子は傍から見ればどれほど屈辱的に映るのだろう。下品な音に耳を犯される心地がした。音の原因は自分だと言うのに。


濡れた空気を取り込んで。粘度を増して艶めく体液に塗れた側部を口で吸って、性器だけでは無くその裏や腿の付け根や下腹部、それら周囲も丁寧に舌で辿る。やがて無意識の内だろうが、脚を押さえる腕を膝で振り払われそうになり屹立させたそれが限界を迎えるのも間近だと感じた。体液に塗れた口元のまま根元から先へと唇を這わせる。再び含もうと先端に口付けたとき、微かに息を吐く苦しげな音が聞こえ、独特の臭気が鼻腔に満ちた。次いで、精液の粘ついた感触が顔を伝う。僅かな自尊心まで残さず蹂躙するように。


「…姜維」


汚れた顔を袖で拭いながら見上げると、姜維は酷く顔を歪め、恥辱を堪えるように震える体を押さえ付けていた。その姿を見ていると奉仕に膝をついたはずの自分がまるで無理に凌辱したような錯覚に囚われる。姜維が拒まないことに責任を擦り付けて行為に及んだと非難されれば、あるいはそれも間違いでは無いのかも知れないが。


「姜維、俺は…」


声を殺すために必死に噛み締めたのだろうか。噛みちぎられた唇の端から血が滲んでいる。違う。俺は、こんな風に姜維を傷付けたかったんじゃなくて。ただ俺は――。言葉にしようとすると、耳触りの良い身勝手な言い訳ばかりが渦巻いて吐き気が込み上げる。


声を出せないままに、思わず拭おうと伸ばした手を乱暴に振り払われ、体勢を崩して床に頭を打ち付けた。鈍い痛みに息が詰まる。頬を床に擦らせたまま、見上げた姜維の眼が垣間見せた暗やみに、自然と体が慄いた。乱れた着衣を整える指はもう震えてはいなかったけれど。吐き出され耳に届く冷たい声。


「こんなことをさせるために、あなたを蜀に受け入れたのではない」


そうして触れることすらおぞましいと言うのか、立ち上がろうと縋った手まで容赦無く蹴り払われる。反動で無様に床を転がされ、再び叩きつけられた頭が割れるように痛んだ。ああそうかよ。吐き気と共に醜い感情が胸元までせり上がる。それを言うのか。こんなこと、を、拒まなかったお前が。蔑みながら受け入れて二度も達したお前が? それはまた随分とおかしな話だと思わないか、姜維。


「なあ、この続きもしてやろうか?」


何とか起き上がって痛む頭をさすりながらそう言うと、姜維の眼に怒りが散る。心は醜い喜びに歪む一方で、同時に酷く軋んだ痛みに震えた。気付きたくなかった我が身の矛盾が顔を出す。本当は奉仕という体裁を取り繕うことで何もかもを姜維に押し付けようとしているだけだ。つけ込んでいると言われれば何の反論も俺にはできない。


体の何処かに、屈従したい、蔑まれたい、欲求があって。それ以上に、そうでなければならないはずだという恐怖があって。けれどそれをそのまま受け入れられるほどの強い精神が無いから、選択を押し付けて自尊心を守ろうとしている。膝をついたのは自分の意思なのに、拒みきれないお前の態度をさも無言の命令のようにすり替えて、それを愚弄する自由まで得ようとして。――ああ、まったく、我ながら汚いにもほどがある。


「……出て行って、下さい」


姜維はそれに気付いているのだろうか。いくつかの罵倒を飲み込んだような、抑えた怒気に染んだ声を受け入れて、追い出されたという大義まで得て部屋を後にする。この愚かなやり取りをこれから先、幾度となく繰り返すのだろう。逃げのびたこの国で息をするためにお前を利用する。裏切り者と罵られる俺を受け入れてくれた、お前を。


そうしなければ生きられないなんて、酷い言い訳だ。



暗い回廊を歩きながら、吹き抜けた夜風に冷やされた体が音を立てそうなほど震えて、耐え難く軋んで。内臓がせり上がる感覚に襲われて、ふらつく足取りで庭の隅に蹲り、一度は飲み下したものを残らず吐いた。体が受け付けなかったのは粘ついた体液ではなくて、それを食らってまで生き延びようとする自分の浅ましさだと感じた。



* * *



郭淮が死んだ。死ぬべきだった俺の代わりに。――均衡が崩れたのは、そのときからだった。



いつものように膝をつき性器を口に含んで、舌を使って愛撫する。その頃には姜維も拒む様子はなくなり、時には乱れた呼吸に交えて抑えた喘ぎまで漏らすようになっていた。もうこんなことやめましょう、と、行為を終えたあと誰に言い聞かせる口調でも無くぼんやりと呟くことはあったが、積極的な拒絶は態度からも感じることはなくなった。


ただ時おり意図的にかあるいは無意識のままか、姜維は俺に、暗い侮蔑の眼を落とす。言葉も態度も変えないままただ静かに糾弾する眼。それはともすれば行為そのものを唾棄するような体裁だったが、まっすぐな視線を丁寧に辿れば射貫かれているのは俺ひとりだと知れた。それを感じるとどうしようもなく体が震えて、心が歪むようで、治りかけた傷口に塞がらないよう何度も爪を捻じ込んで掻き壊される感覚に苛まれる。


苦しくて仕方が無いというのに痛みを感じるほどに安堵した。だから責務のように寝所に通い続けた。その眼に貫かれるために。身勝手に姜維を利用する自分の醜さに何度となく嘔吐しても、吐き出した汚物さえ啜って生き続けた。


姜維が北伐に執着するように、執着するあまり色々な本当に大切だったはずのものを零れ落として行くように、俺は生きることに執着していた。同じように何かを落としているのだろうと思いながらも、散らばったそれを見ることに怯えて、落としたことにすら気付かない素振りを続けながらひたすらに生き延びようとしていた。あの瞬間を除いては。



慣れた手順で、ただし常に前回以上の快楽を与えられるよう考えながら、絡みついて舌を動かす。目覚ましい反応があれば覚えて、口だけではなくて時には指も使って、どうすればより気持ち良いのか、何が好くて何が嫌なのかを本人以上に把握しようとした。もっと快楽を与えたい。行為の最中、思考を染め上げて渦巻くものはそればかりで、それにそぐう反応を導き出したところで喜びは無かったが、奴隷のように這い蹲ってそれに固執する自分の姿を思うとどこか満たされるものがあった。そういう存在に成り下がることへの正当性を感じていた。


時間をかけて残さず欲望を昂らせ、吐き出させて、飲み込み方を覚えた体液を嚥下する。行為の間に言葉を交わすことは少なかった。膝をついたまま見上げて、もう一度するかどうかを目で問いかける。いつも通りのやり取りをする。目に焼き付いた昼間の光景を封じ込めるように、いつもと変わらない蜀で生きる夜を再現していた。


「姜維?」


それが、最初におかしくなったのは姜維の反応だった。困ったように頷くか、首を横に振るか、見慣れたはずの反応が返ってこない。それどころか何処か遠くを見つめていて視線すら交わらない。どうしたのか、急に耐え難い不安が込み上げて身を乗り出す。なあ俺なにかしたか? 何か間違えたか? 衝動のままに口をつきそうになる言葉が、違う意味まで誘引しそうになって声を呑む。口に出したら何かが壊れてしまう気がした。突きつけないでくれ。本当はいつもと同じでいるなんて、こんなことをしていて良い夜なんかじゃないって、俺は…――駄目だ息ができなくなる。


「…それでも…俺、」
「黙って下さい」


振り絞った言葉を遮って、強く腕を掴まれる。強引な力に対して姜維の声はひどく静かだった。まるで策を巡らす時のように、静かで、有無を言わさない声だ。その空気に呑まれて声を失う。怪訝さが不安を上回り込み上げたものを鎮めていく。呼びかけることもできなくなり立ち上がりかけた体勢のまま見つめることしかできない。視線は未だに交わらない。姜維がそのとき何を見ていたのか、俺には何も分からなかった。


鈍く、音を立てるほど。腕を掴む手が力を増して息を呑む。その真意が分からないまま気が付けば姜維が腰掛けていた寝台へ転がされていた。投げ飛ばされたと言ったほうが正しいかも知れない。起き上がろうとした体をうつ伏せのまま押さえ付けられる。柔らかいとは言えない寝台が体に食い込むようだ。俺の居場所はいつも床の上だったからこの感触は初めてだった。魏にいた頃は考えられない粗末な寝床。でもそれだけじゃない。俺に与えられた寝床はそれでもまだ此処よりは寝心地が良かった。こんなところでいつも姜維は寝ているのか。


訳も分からず回転していた頭は、けれど押さえ付けられたままの背中に体温を感じて、服に手をかけられたところで漸く状況を理解した。振り返ろうとした頭を掌に拘束される。名を呼ぼうと開いた口に指を捻じ込まれ言葉にならない悲鳴をあげた。長い指に口内を蹂躙されて、気を抜けば嘔吐しそうになる感覚に耐えながら、その指の意図を叶えようとする。舌を絡めて、飲み込みきれない体液の混ざった唾液を馴染ませて、愛撫するように指を舐る。数を増やされるほどにえずきそうになって、それだけで犯されているような心地がした。


犯される。そうだ、そう、されるのだろう。抵抗することも無いままに服は器用に剥ぎ取られ織目の荒い敷布に肌が擦れる。逃げようとは思わなかった。今まで交合に至らなかったのは姜維がそれを拒んでいたからで、俺はこれまで最初の挑発はもちろん、何度か誘ったことはあったから。ずっと姜維は、おそらく姜維からすればかつて誰と寝たのかも知れないような人間と、寝たくなど無いのだろうと思っていた。ならば今夜は何がそれを駆り立てたのか。考えてみるが息苦しさに苛まれて頭が働かない。滴る唾液が姜維の手首まで濡らしている様子が滲んだ視界に映る。


意識が朦朧としてきた頃になって漸く指は引き出され、今度は濡れ汚れたそれに下半身を弄られる。指が萎えたままの性器を掠めて反射的に情けない悲鳴を漏らした。そのまま唾液を染み込ませながら執拗に体を探られて、辿り着いた指先がゆっくりと体内に侵入する。苦しさと痛みに胸が詰まって今度は自分の意思で声をあげた。意味を成さない声と共に、息を吐き出して濡れた指を受け入れる。快楽は無かった。これから訪れるはずの痛みの記憶が脳裡を掠めて抑えられず体が震えた。初めてする行為ではないが、慣れるほど繰り返した過去もない。逃げる気は無いのに体だけが惑う。


ならばいっそこれも娼妓のように、姜維のためにという名目を掲げて動こうかと、思えど力で束縛された体は思うようには儘ならない。指が奥へ押し込まれるたびに吐き出す呼吸に呻きが混じる。体の中を無理やり広げようとする指にはそれ以外の意思が無いようで、数を増やされ動かされるほどに痛みが体を内側から引き裂いた。それを期待していたはずが無いのに、前戯ではないのだと実感させられる。愛撫ですらない。ただ性器を挿入する場所を作るためだけに、少しでも奥へと入り込まれ動かされて無理に押し広げられる。


指の数を更に増やされた瞬間、あまりの痛みに喉の奥を劈いて悲鳴を叫んだ。無意識のうちに寝台に振り下ろしていたらしい拳が遅れて痺れるように痛む。そんなことは無いと思いながらも、このまま手首まで捻じ込まれるのではないかという恐怖が頭を支配して、気が付けば意味の通らない拒絶と懇願ばかりを繰り返していた。喘ぎにはほど遠い荒い呼吸をやみくもに吐き出す。痛いよ。苦しい。やめてくれ。頼むもう許して。叫んでも何一つ言葉の届く気配が無い。姜維が何を考えているのかその感情の断片すら分からなくて、せめてどんな顔をしているのか、振り返ろうとしても力尽くで押さえ付けられた頭は動かすことができない。抵抗しても溢れた涙と零れた唾液とで無惨な有り様になった顔を敷布に擦り付けられる。


「逃げるのか?」


その抵抗が気に障ったのか、自分の喉から響く悲鳴の合間にそんな姜維の声が聞こえた。――気に障ったというのは俺の勝手な推察であって、変わらずに姜維の声からも何の感情も読み取れなかったけれど。逃げる? そんなつもりはない。俺に逃げる権利なんてあるはずがない。お前がしたいように扱えば良い。ただ痛みに思考が負けているだけだ。内側から強く内臓を弄られて、苦しくて何も考えられない。そうして動かせない頭で何とか首を横に振る。


「頼む、っ…から…、もう…」


もう、どうして欲しいと言いたかったのだろう。閨に侍って囁く言葉なら、もう少しそうした意味の色香があっても良い気がしたが、口をついたそれは屠殺を目前にした家畜の呻きのような声だった。それをどう姜維が受け取ったかは知れない。ただ体内を蠢いていた指は引き抜かれ、潰れそうな肺に空気を取り込む一瞬の間をおいて、今度は体を引き裂くように深く性器を捻じ込まれる。悲鳴は声にならなかった。体液の絡みつく粘ついた音と共に、充満する血の臭いに口を閉じられないまま噎せて、濡れた敷布をさらに汚した。


押し広げ無理やり用意された穴の内側を昂った性器に蹂躙される。深く貫かれるたびに痛みで視界が白くなった。快楽を見出せる場所は何処にも無くて、自分の性器は萎えたまま何の反応もしていない。後ろから覆い被さられる体勢も相まって、交合の相手というよりは、性欲を発散するために使われる家畜か人形になった気分だ。ただ安堵していた。何にかは分からないが、姜維が俺を犯せるだけの熱を抱いていることに、それを押し付ける相手になれていることに奇妙な安心感があった。


それでいいよ。俺は、お前にとってそういうものであることが、たぶん何よりも正しいんだ――。儘ならない体だけではなくて、少しでも熱を散らす手助けができればと喘いでみせようとしたのに、開いた口からは気が付けばそんな言葉が零れていた気がする。その声に何か姜維が返事をした気がしたが、なにを言ったのかは理解できなかった。


麻痺するほどの痛みに次第に焦点が合わなくなって、粘ついた音ばかりが耳にこびり付いて、無理に体を揺さぶられるたびに頭は何も判断できなくなっていった。背中に感じていた体温も溶け合って、何処が境界だか分からなくなる。繰り返される行為にただ全身を差し出して、やがて姜維が達したかどうかも分からないうちに、意識を失った。






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