公園 | ナノ
 



 暑い暑い真夏の夜。夜になると風がどんどんと大きくなっていき、人々の暑さを取り除いていく。そんな時間帯に乱歩と太宰は二人で公園のベンチに並んで座る。

「乱歩さん」

 名前を呼ぶのは、太宰だ。

「今日はよく遊びましたね。暑い中いろいろと巡って横浜のことをより一層詳しくなれたんじゃないでしょうか」
「んー」
「ひょっとして疲れてしまいましたか」
「んー」
「………」

 すっかり気の抜けた返事しか出来なくなってしまった乱歩を太宰は微笑ましく眺めてあげる。
今日は一日二人で街のパトロールと称して観光まがいの巡りをしていた。主に美味しいものを食して歩き回り、時折周囲を見渡していたりもしていた。
 その最後が此処の公園に行き立ったわけだ。こうして何か理由づけでもしなければ二人で並び歩く機会も無いので、互いに今日という日を充実させたいと考えていたのだ。
 先程から鳴り続いている音にも漸く気付くぐらいに疲れてしまっていたりもする。

「…太宰、なんの音?」
「何の音でしょう。―――花火ですかね。何処かでお祭りでもやっていて打ち上げ花火でも行われているのでしょう」
「……花火、かあ」

 眠そうにしていた乱歩の脳は徐々に花火という単語につられて覚醒し始める。音の大きさからして近くの川岸ではないかと推測が出来る。

「太宰は誰かと行ったことある?」
「お祭り、ですか?…そうですね。此処数年は余り見る機会が無くて家の窓辺から眺めている程度でした」
「そっかぁ」

 それからまた沈黙が出来る。公園にある大きな木々たちは空を見上げても花火など見せないと云わんばかりに生い茂ってしまっている。月すら疎かなのだ。

「僕達は無いね」

 ふいに乱歩は見えない空を見ながら呟く。
 当初は意味が判らなかった太宰が首を傾げて彼の次の言葉を待つことにする。

「…僕も、誰かと見た覚えがあるけれど…太宰とは見たことないと思って」
「そうですね。私としては誰と見に行ったのか問い詰めたい気持ちもありますが」
「なんでそこにムキになっているんだよ。両親と行った覚えがあるかなぁ、と記憶がはっきりしていないから曖昧な回答をしたまでだよ」

 太宰としては社内の誰かと行ったのではないかと疑ってしまったのだ。
 最近なのだ。二人が漸く打ち解けてここまで近づけたのは。だからこそ、共に社に居たとしても知らない部分が在っても可笑しくは無い。

「行きますか、花火でも見に」
「……人が多いんだろう。僕はもうすっかり足が棒きれになってしまっているから役に立ちそうにない」
「行ったら終わってしまうかもしれないですしね…」

 太宰としてはここまで花火の話をするのなら行って二人で最後に思い出を作ってみようかと策略してみたが、それはあっさり崩れてしまった。疲れている乱歩を無理に動かしてまで見たいわけでは無いのだ。結局花火はきっかけに過ぎず、思い出の印象付けに過ぎない。覚えがないと云われないように、強いものを植え付けてしまいたかったのだ。

「…太宰が行きたいのなら、行こうよ」
「え、私ですか」
「見たいんじゃないのか」
「乱歩さんが空を見ているので花火を見たいと思っているのだと考えていたので」
「…そう?」
「ええ。少し物悲し気な表情を見せていたので」
「んん?そんな顔したかな?」

 乱歩は両頬を抓って顔の形を崩していく。自分では自分の表情を見て確認するのは困難なので自覚が無いのも仕方がない。

「それじゃあ花火、二人でしましょうか」
「花火って二人で出来るものなのか?」
「そうですね。最近なら身近なスーパーやコンビニでも購入できますよ。勿論大きな打ち上げ花火は難しいですが」
「ふうん」

 知らない。乱歩は手持ち花火の知識が無い。やったことが無いのか、と内心では驚きながらも太宰は丁寧に彼に説明していく。興味津々で目を見開かせた乱歩の姿を見て、直ぐに太宰がコンビニに向かって買いに行った。花火ではしゃぐ者など子供以外ありえないと思い込んでいたが、あの純粋な視線を向けられてしまえば太宰も直ぐに駆けつけてそのものを見せてあげたいと思ってしまう。
 大きな公園できちんと許可された空間を使用して、二人で花火を行っていくことにする。

「ああ、乱歩さん!お水はこっちに持ってきてください」
「…これは何に使うんだ?」
「使用済みの花火の処理だったり万が一燃え広がってしまった際の時に用意しておくんですよ」

 ただの公園の水だ。それすらも凝視して観察している乱歩の様を見て太宰は一つ笑う。

「試しにやってみましょう」

 手に持たせて、ライターから移った火は直ぐに音を立てて光り出した。真っ暗で月の光すらも遮られているこの場所は真っ暗でとても光が強調されていた。うっすらと光に当たって顔が照らされる。
 口を閉じて花火の色をうっとりと見ている乱歩は、今手に持っている花火を楽しんでいた。

「あ」

 そして最後には命を散らして静かに光を消していく。

「儚いね」
「儚いですね」

 そう云いながらまた新たな花火に火を点けて光を出す。喋りながら遊ぶよりも静かにその光を見つめていく二人。気まずい空気とは違い、互いに自然と作り上げたその空気は冷たい風と共に心地よさを与えていく。

「実はこの前に乱歩さんと花火を見たんですよ、私」
「―――え?」

 意味が判らない乱歩は怪訝そうな表情を作る。眉を潜めていく。

「何時見たんだよ」

 と、乱歩は覚え無い出来事に警戒をする。だが、太宰のあっさりとした回答を訊いてぽかんと間抜け面を晒してしまう。

「先週乱歩さんと電話をしていた時ですよ。そういえばその時もこの公園でベンチに座って眺めていましたね」
「ああ…先週か。―――でもそれ、僕は花火を見ていないんだけど」
「ふふっそうですね。しかも私も此処からじゃまともに花火の色など見えやしませんでしたよ」
「それは見たにカウントされはしない」
「そんなことないですよ。この場所で確かに乱歩さんと見ました。一人でベンチにいましたけれど、それでも乱歩さんと二人で花火を見て楽しんでいる様子を想像していましたから」

 笑顔でそう答えると同時に太宰の花火が消えて光を消した。乱歩も光を消して闇に紛れた中で呟く。

「変態」

 勿論声は静かな空間でしっかりと太宰の元にまで届いて突き刺さる。

「最後に線香花火でもしましょうか」

 その言葉を合図に、二人で先程と毛色の違う花火を手に持ち、ぱちぱちと音を立てていく。

「最後、とは太宰と僕が最後に花火をするという意味か?」
「…え、違いますよ。今日が最後という意味です。なんならまた明日でも明後日でも構いません。またやりましょう。二人で花火を見るのも中々面白いものですよね」
「………明日、明後日、か」

 ―――そんなに最近の約束が厭ならば、来年もこの場所で花火をしましょう。

 不安の表情が暗闇から見え隠れしていたので、太宰は心の中で固く約束を作る。

「あっ」

 ぽとん、と乱歩の線香花火が落ちていき、すっかり燃え尽きてしまった。

「終わっちゃった」
「大丈夫ですよ。まだまだ花火はありますから」