そら | ナノ
 



 ああ、すっかり空が暗くなってしまった。
 俺はぼんやりと空を見て、雲に隠れて見える三日月を見ながら歩いていく。前を見ていないので、上手に真っ直ぐ歩くのが困難になっていくが、ふいにすら違ったサラリーマンが小さなビニール袋を所持していたことに視線がずれて、コンビニへと足を運んだ。何か必要なものを求めていたわけじゃ無いけれど、今日の仕事疲れを癒す為の商品を探して、何品が見繕う。

「お仕事、お疲れ様です」

 一言。誰だろうか。全く覚えが無い人物が笑顔でこちらに対してそう一言。店員だ。コンビニでそんな言葉を掛けられた事も無かったので不思議と首を傾げる。「

「偶にこのコンビニにいらしていますよね。甘い物がお好きみたいですよね」

 随分と馴れ馴れしい人物だ。こちらが名を示している訳でも無いのに。俺は取り敢えずこの店員の名前を把握してそそくさとこの場から去っていく。
 品物は、確かに甘い物が多い。そりゃあ仕事終わりには少し糖分を欲したりするだろう。別に彼奴の影響なんかじゃねーよ。
 だが、確かにあの男と知り合うまでは特に甘い物に手を差し伸べることは無かった様な気もする。曖昧な記憶から探っていくが、恐らくそうだろうな。
 もう一度月を見る。全くマフィアなんてものをやっていると存外夜が似合ってくる。あまり光に当てられない職業だからか、必然的に黒=夜が印象的になってくる。まぁ、黒も夜も好きだ。だから、あの月が異様に見えてくる。だが、夜と云えば月もまたその一部なんだからきっと月と俺は似合っているのかもしれねぇな。






 そんなことを昔乱歩に対して云った時は。

『月は別に夜にしかいないわけじゃ無い。朝や昼だってそこに映っている。皆が注目しないだけだよ』

 乱歩がそんなに天体に詳しいとは思っていなかったので驚いたが、その驚きの表情を乱歩は俺が浅知識しか無い男だと思ったのか、「常識だよ」と冷めた目で見られた。別に月が昼にも居ることは判っている。見えないだけで、居るのだ。
 そして昼間で太陽が思い切り人を照らしている中、乱歩は空を見て月を探している。

『中也は月みたいだよね』

 ああ?
 意味が判らずに、大きな口が開かれる。何処が月みたいなんだと詳しく訊いてみるが、何も答えやしない。意味も無く答えたのかと思ってみるが、乱歩の中ではきちんとした回答はあるらしい。

―――どちらかと云えば、月は手前だろ。







 空を見て、今思う。
 あの時の乱歩もまさに月みたいだ。
 プルルルルッ
 突然携帯電話がバイブ音を鳴らし、俺に知らせてくれる。

「もしもし」
『あ、中也だ。君の家の前に来ていたんだけど、開いていないから困っているんだよ。早く帰ってきてよ』
「…なんで手前が家の前に居るんだよ」

 家までは丁度数歩の距離で、遠くから家の状況を確認してみる。
 すると、乱歩は扉の前で体育座りになって家の主を待っているようだ。携帯電話を片手に持っている。
 仕方ないな、と声に出しながらも駆け足で彼の元―――家へと向かう。

「ああ、遅いよ。何その袋は。ああ、僕の為に何か買ってきてくれていたんでしょ」

 ひょいっと乱歩は俺の手に持っている袋を取り上げて中身を見られる。プリンとゼリー。一種類ずつを購入していたのがバレた。

「僕プリンがいいな。あ、でもこのゼリーは食べたこと無いかもしれない」

 無言で鍵を開けて扉を開く。

「ほら、入んだろ」

 乱歩を普通に招き入れる俺は、何時からこんなにこの男に気を許してしまっているのだろうか。敵対している相手とこんなにつるんでいて、この男もまた警戒せずに近づいてくる。
 しかしそんな考えはもう幾度もしており、結局はっきりとした論文を表示することも出来ないので諦める。

「今日は晴れていたから月を見て待っていたんだけど、矢っ張り中也は月みたいだよね」

 またか。

「だから、なんで月と似ているんだよ」
「うーん、綺麗なところ」

 はぁ?
 ……はぁ?
 思ったよりも曖昧な言葉が返ってきて、なんだか具体性が無くて想像しがたい。

「いいよね、月」

 一人だけ満足した表情をして、納得しているらしい。俺には全く理解できないでいるのだが、それでも乱歩はその話よりも目の前のプリンに夢中になっており、俺の許可も無く勝手に食べ始めていた。

「それは、俺が食べたいと思って買ってきた奴なんだよ!」
「じゃあ、しょうがないな」

 ほれ、と乱歩はプリンを救ったスプーンを俺の口元へと運んでくる。「あーん」と云われればそのまま流れに乗って口を開けてプリンを一口含む。
 うん、上手い。
 ………そうじゃねぇ。

「ふふんっ」

 乱歩はそのまま浮かれた表情でどんどん食べていくので、俺は何も聞けないまま呟く。

「手前こそ月みたいだぜ」

 届くようで届かない位置に居る。月に向かって手を伸ばしても、決して手に入れられやしない。
 こうして向かい側僅か数センチの距離だっていうのに、手前は決して俺のものにはなりやしない。
 俺はこんなに影響されているってのによ。

「うめぇか」
「うん、美味しいね。あ、ゼリー食べないなら僕が食べるよ」

 すっと直ぐにゼリーを乱歩のテリトリーから離す。
 流石にこればかりは食べられたらただ乱歩に食われる為に買ったことになる。プリンは断念してもゼリーくらいは食わせろ。

「せめて一口ぐらいいいだろう。僕だってさっきのプリンを君にあげたんだから」
「そのプリンは元々俺のもんだろ!」
「僕の手にあったんだから最終的には僕のものだよ」

 どんなジャイアにズムで独占主義なんだよ。
 月が雲からまた姿を見せて窓から思い切りこちらを照らしてくる。残念ながら電気を点けているから部屋に光が入っているか今一つ見えやしないが、それでも笑っていた。

―――掴めずとも、見えているのなら。

「ここは今俺の家だから手前は俺の家のルールに従う必要がある」
「……自己中な発言だね」

―――掴めずとも、捉えられる。