決して口にはしないけれども、それでも互いに互いを想い合っているんだとは思う。まぁ、私の主観でしかないのだから乱歩さんが実際に如何思ってくれているのかは判らないというのが結局の結論だ。 別に私と乱歩さんは恋仲だとか可愛らしい名前が付いた関係性では無い。全く名前等付けられない。敢えてつけるとしたら同僚というだけだ。 それでも仕事が終わって疲れているというのに、彼は屡々貴重な夜の時間を此処にやってきて過ごしてくれるのだから、それはそれで少し期待をしてしまうわけだ。 「…見てみて、御土産!」 そう云って彼はにこりと片手に持つ大きな紙袋を見せびらかすと部屋に上がり込んだ。 「うわぁ、有難うございます。ひょっとしてこの間東北に行ってきた際の品物ですか?」 「うん」 乱歩さんは遠慮なくずかずかと足を進めてそれから何時もの位置に座る。 「…ああ、もしかして邪魔でもした?」 珍しく乱歩さんが人に気遣いを見せた。 部屋の真ん中に置かれているテーブル。その上には大きく広げられた横浜の地図がテーブルからはみ出しながらも置かれていたからだ。 私は直ぐにそれを雑に片づけてテーブルには何もない状態へと様変わりさせた。 「別に大丈夫ですよ」 その一言を置くと乱歩さんは「そう」とだけ残して土産の品をテーブルに並べ始める。 何時も自由気ままな彼が私に気遣いを見せる事など、初めてに近かった。私としても彼の来訪は嬉しいのだから迷惑だと思う訳も無い。しかし、そんなことを真っ直ぐに云える訳も無いので心の中にしまっておく。 「これが東北の一番の御土産なんだって。後これは試食したら中々美味しかったから買ってきたんだよ。今度社長にあげて……」 乱歩さんは私がテーブルを挟んで向かいに座ると一つ一つ説明をしていく。紙袋の中からは綺麗に包まれた包装箱が沢山ある。 私はその一つ一つをしっかりと訊いて、如何いった品なのだろうか、と包装紙の中を想像する。つらつらとのべつ幕無しに口を動かしていく彼に感心をしていると、途端に彼は口を止めてしまった。 「……?」 乱歩さんは下を向いて…表情を読み取れない様に隠してしまった。 「乱歩さん?」 「…矢張り僕が一人で喋っているのは迷惑だったか?」 「…そんなことありませんよ。乱歩さんの話は何時も楽しく訊かせていただいているんですから」 「―――そっか」 なんだか今日はやたらと乱歩さんの調子が可笑しい。やたらと私を気に掛けることが多く、後は漸くこちらに顔を上げてくれた乱歩さんの顔が少し判らなかった。何処に焦点が当てられているのか、こちらを見ているようで彼の眼にはきっと私の姿が映っていない。 「まぁ、太宰はのんびりしていなよ」 そんな冷たいをことを云い放つと、一人で土産の品を開けていく。綺麗な包み紙をびりびりと破いて行き、中身を取り出す。 のんびりしていろ、と云われても来客が居るのにその人を放っておけるわけが無い。国木田君やらが相手ならまだしも、ましてや乱歩さんが相手なら尚更だ。 彼が今回この家にやってきた意図が上手く把握できない。 なら何時も如何していたのかと問われてものんびりしていたのだから、そういう意味では何時もの二人の距離感を作れば構わないのだろうが。それでも乱歩さんが何時もの雰囲気では無いのだから、それを如何にかしなければ何時もを作ることなど不可能なのだ。 彼から離れて行っている気がして少し怖くなる。 それでも時計は無慈悲にどんどん進んで行く。こんな二人の不穏な空気を放っておいて、時間は進んで行き、間もなく日付が変わろうとしている。 「………」 乱歩さんもすっかり無言になり、目の前の菓子を見ては裏面の印刷表記を読み始める始末だ。 私は只、乱歩さんと仲良く話をしていたいだけなのに。 何か彼にあったのだろうか。 彼を観察してみる。すると、確かに彼は表記を見ているのだが、眼球が動かない。ずっと同じところを捉えているだけで、そこから動きが見られない。 「―――ッ」 ふいに、乱歩さんはその菓子折を床に置いて―――否、落としてこちらを見る。 「喉が渇いた」 それだけ。 一言。 漸くこちらとコミュニケーションを取ってくれたと思えば、彼からの注文だけだった。悪びれもしない姿勢は矢張り彼らしいのだが、その一言を伝えた後は床に落ちたそれを拾って別の物を漁り始める。 「何飲みますか?お茶、オレンジジュースや炭酸水もありますけど…ああ、ビールは止めておいた方がよさそうですね」 「……別に何でも良い」 ………。 流石の私も苛立ちを積み始める。何か飲みたいというから選択肢を与えたらそれに関してはまた不愛想な返事をしてくる。 終始冷たいその態度にはこちらとしても何時までもにこやかに流せるわけでは無かった。 取りあえず彼の為に何か飲み物を用意しようと冷蔵庫開けてみる。すると、目の前には残り少ないオレンジジュースのパックがこれを使ってくれと大いに主張していたのでこれを乱歩さん専用にコップに注いで持っていく。 無言で彼の前に置いてあげるも、それに見向きもせずに床に身体を倒れ込ませた。 「……んー」 私としてもこれ以上乱歩さんを観察していることで時間を潰していると滅入ってしまいそうなので先程まで見ていた大きな地図を手で持って全体を目に入れる。 此れは単純に横浜の地形をもっと詳しく把握しておこうと考えて読み込んでいたものだ。 するとちらちらと乱歩さんがこちらの様子を伺ってくる。地図の端きれから彼の顔が見れるが、確かにこちらを見ていた。今回は。 「………」 目が合っても困るのでそっと視線を地図に集中させたが、それでも目線だけが外れただけで、脳内で彼で一杯になっていた。 こうして此処に通い詰めているのだからきっと彼も私にそれなりに好意を抱いてくれているんだろう。決して口にはしていないが。だとしても今日は少し乱歩さんが大人しくて、落ち着いていて…いい意味に解釈すると。 今回はきっと乱歩さんが近づいてくることは無い。 のんびりしていろと云われた彼にはきっと彼からもこちらに何かアプローチをしてくることは皆無に近い。ならばいっそこちらから仕掛けていくべきなのかもしれない。彼が大人しくしている隙を。 そう考えると直ぐ様身体が動き始める。反射神経も驚く速さだ。 寝転んで壁を向いている乱歩さんの上に顔を置いて影を作る。 「……ぇっ?」 乱歩さんもその変化に気づいてこちらに目を向けると、それ以上動かなかった。固まってしまったのだ。 「…だ、ざい?」 乱歩さんがちゃんとこちらを見ている。今度こそ、何処も見えない程に私の顔が彼の視界を奪っている。とろんとした乱歩さんの目線が空気を作り始めている。 その雰囲気に流されて、頬に手を伸ばした。指が擦れて彼の白い肌が触れた時。乱歩さんは驚いて肩を上下に揺らした。きっと驚いてびくり、と反応をしてしまったのだろう。 そこで、理性がトリ戻って来てしまったのだ。乱歩さんが怯えたのだと解釈してしまったのだ。 「す、すみません」 乱歩さんに謝罪をして身体を離す。 思わず止まらなくなってしまったのだ。今までこうして形など作らずに保っていたのに、あまりにも苛立ちと想いが混ざり合ってしまい、焦ってしまったのだ。危なかった。乱歩さんがきっと驚いた表情をしているのは彼を怖がらせてしまったからだと思った。 だが、違ったのだ。 目を丸くして「え」とだけ呟いて、ゆっくりと身体を起こす乱歩さん。 「ちょっと…魔が刺した…といいますか」 わざとらしい云い訳をしてみたが、乱歩さんはこちらを睨んできた。 「……もう、帰る」 彼がそう云う。 完全に怒らせてしまっただろうか。内心では焦りを見せる私。 「………」 立ち上がった乱歩さんは立ち眩みをしたのか、バランスを崩しかける。本当はここで触れることに躊躇していたが、それでも彼のバランスを助けてあげる為には支えてあげる。 「乱歩さん、大丈夫ですか?」 「……大丈夫、じゃない」 すると、そのまま乱歩さんは私の腕に体重を預けて目を閉じてしまった。 何度も声を掛けるが、応答が無いところから意識を手放してしまった。 そう云えば、と今日の乱歩さんの様子を思い返す。やたらと焦点が合っていなかったり調子が悪い面もあったが、体調が優れていないのではないかと考察する。手をおでこに当ててみるも、特に熱がある訳では無いらしい。 「…………」 すると寝息が彼から聞こえてくる。 「……乱歩さん?」 正しい寝息は、まるで睡眠している様だった。 気づけば日付が変わっている。彼は寝た、ということだろうか。 心配になり、電話をしてみる。 相手は国木田君へ。 『…なんだ、太宰。こんな夜更けに何の用があるというのだ』 「今日の乱歩さんの容態について訊きたいのだが、何か変わったことでもあったかい」 『乱歩さんか?普段と変わりはしないが、ただ色々と悩んではいたらしいぞ。与謝野さんと一緒に……ああ、お前について話をしていたな。相手の家に訪問した際のやり取りだとか、大人しくしている秘訣…だとか。何やら俺には理解出来ない話だからあまりまともに聞いてはいないが』 「…………ああ、そういうことか」 乱歩さんの今日の態度の変な部分は、そういうことか。 何か与謝野さんに吹き込まれた―――語弊があるが、彼は何か仕掛けていたのだ。おそらく彼は眠気を惜しんでやってきたんだろう。 「ふふっ」 なんだか自分として焦ったり苛立っていた自分が悔しかった。彼なりにも私を意識していてくれたのだから。 だが、同時に後悔も膨らんでいた。 どうせなら、あのまま雰囲気に流されてみても良かったのではないかと。今日の時間が無駄だったわけでは無いが、こうしてまた悔いしているところこそが無駄なのかもしれない。 どれだけ悩んだところで今日の時間が戻ることは無いのだから。 だから、取り敢えず明日を考えよう。 彼なりのアプローチをどう捉えるか。捉えて、彼に告白しよう。 眠気を惜しんでくれた彼に、愛おしさが増えたのだから、きっと告白しても大丈夫だろう。 「好きです」 初めて口にした言葉は、眠っている彼には届きはしないが、明日はきっと目の前で云ってみよう。 |