『貴方は如何して相手を好きになったんですか?』 そんな問いかけをされた時、人は意外にも曖昧な回答を残すものだ。 「なんとなく」 「一目惚れ」 「かっこいい」 「優しい」 「一緒にいると楽しいから」 そんな回答が来たところで他人にはそれを丸ごと理解するなんて土台無理な話だ。それでも、人はそんなことを訊く。その人の気持ちを試すように訊くのだ。 『俺の何処が好き?』 あるいはこんな事を訊いてくる輩も居る。 それが悪いとは思わないけれど、それでも結局曖昧な回答しか返ってこないのだから、それを訊いて如何したいのだと僕は思うわけだ。優越感にでも浸りたいのだろうか。 「なぁ、手前は太宰の事を如何思っているんだ?」 素敵な帽子を頭に乗せている彼はそう云った。 「僕としては『今』『如何して』こうなっているかを説明してもらいたいところだけれども」 「……ふっ、まぁ手前の事だから大方判っているんだろうからわざわざ説明する必要性がねぇだろ。なぁ、名探偵さん」 両手には硬い手錠。腰は建物を支える柱に貼り付けられて、ロープで縛られている。所謂、拘束状態だ。この建物も荒廃した建物の一室に過ぎず、そこに僕と…そして太宰が捕まってしまったのだ。 目の前に居る帽子君はマフィアだ。先程まで太宰と散々口論を行っていたから旧知の仲であり、関係は良好とは云えないものだ。 現に僕の隣で同様に縛られている太宰は彼を睨み続けているのだから。 「それにしても酷い有様だなぁ、太宰。手前がこんなに簡単に捕まるとは情けない男に成り下がったな」 「君がそうやって高笑い出来るのも今だけだよ」 太宰が簡単に捕まるなんて、珍しいのは確かなことだ。 この男の前職からも運動神経は発達しているもの。僕なんかが張り合える相手では無いし、張り合おうとも思っていない。それが太宰の長所であるのなら、僕はまた別の長所がある。 『乱歩さんはそのままでいいんですよ。私が乱歩さんを守りますから』 太宰がそう云ってくれたのだから…… 話がそれてしまったが、そんな太宰が如何して捕まってしまったのか。それは、僕のせいだった。あながち話がそれてはいないのだが、郊外を歩いていた時だった。僕が不意打ちを食らって後ろから頭を殴られてしまったのだ。すっかり街中を二人で歩いていて油断をしていたから、後ろの気配に気づけなかった。それは太宰も同様に。 何者かに捕まってしまった僕を守る為に太宰も共に現状を受け入れているのだ。 「それにしても、太宰がこんな男を守るとはね」 「乱歩さんに触れるな」 「…そんなに睨むなよ」 太宰は帽子君―――中也に対して睨みをきかせた。身動きが出来ない分、自由に右往左往している中也の姿には苛立ちを覚えたりもするが、流石に頬を抓られた時には頭突きをしてみた。結果としては相手が直ぐに逃げたせいで未遂に終わったが。 「中也、如何して乱歩さんを狙ったんだ。目的を云え」 「目的は特にねーよ。ただの暇つぶし」 彼がはぐらかしたことは直ぐに判る。勿論太宰もだ。 「僕を狙って探偵社の中枢でも破壊する計画だろうね。それで探偵社内での混乱を招いて体制を崩す算段だろう」 「…本当に、手前は厄介な野郎だな。未来が視えているみたいに面倒な人間だ」 眼鏡を着用している状態だから、直ぐに展開が視えてくる。そしてこの先の展開も。 「乱歩―――手前のことを調べた処によると、その眼鏡が引き金になっているらしいじゃねぇか」 そう云うと、無抵抗な僕を見下ろすように目の前に立って、眼鏡をすっと取り外してしまう。度数が入っている眼鏡では無いのに、急に世界がぼんやりする。何も判らなくなってしまった気がする。 「中也。乱歩さんを巻き込むのは辞めておけ。私を残して彼を解放してあげろ」 「随分交渉が下手くそになったじゃねぇか。そんなにこのガキが大事か」 「……ガキじゃないよ。中也よりも乱歩さんは年上だよ」 「はぁっ!?」 調べたんじゃないのか。 そういうところが抜けているのか、改めて僕の顔をまじまじと見てくる。そんなに真正面から見られるのはあまりいい気分がしないものだ。 「…見えねー」 「心外だな!僕は君よりも何年も多く生きているんだ。もっと敬意を評してくれてもいいぐらいだよ」 「まぁ、その若さに関しては敬意を評してもいいかもしんねーな…」 ……。 なんだ、良い人なのか。 僕は実に単純かもしれない。彼と少し会話を成立することが出来て、そう解釈した。 それでも隣に居る太宰はより一層不機嫌さを増していき、それを態度に表していく。これはもう気づいてくれ、と放っている様だった。 「…乱歩さん、こんな男とまともに会話をしたらいけませんよ」 「云うじゃねぇか、太宰」 今まで僕に視線を向けていた中也が今度は太宰に向かい、そして一発殴る。左頬に向かって思い切り殴る。それは異能では無いので太宰の異能力は発揮されない。 殴られたところで数回咳き込みはしたが、太宰は依然として態度を変えやしない。 「ちょ、辞めてよ。こんなところで喧嘩は」 「手前も太宰を庇うんだな」 「そりゃあ当然でしょ。だって僕が迷惑だから」 僕は至極まっとうな発言をした。 隣で殴りの一方的な暴行を見せられて如何したらいいのさ。 それに太宰の死に姿をこんな形で見たくも無い。 「…乱歩さん、もっと私を心配してくださいよ」 「だって…太宰なら大丈夫だと思っているし。それにこの人だって本気で太宰を殺すつもりは無いだろうから多少の痛みは我慢して乗り越えないと」 「信頼してもらえているという解釈でいいのでしょうか」 僕は一つ頭を上下に振る。 太宰もははっと笑って返してきた。 中也ははははっと大きな声を出してやり取りに割り込む。 「相思相愛なんだな、手前ら」 「……そうかい?」 相思相愛がどんな漢字か今一つ思い出せないが、僕と太宰の関係を表しているのだろう。 「太宰の何処が好きなんだよ」 それは突然、僕に問われたものだった。 「それが今の状態と関係無い話だってのは直ぐに判るけど、訊いて如何したいの」 僕は冷静に対処する。 それでも気楽な中也は態度を変える事無く、僕の頭に手を置いて、もう一度同じ質問をしてくる。 「手前に興味が湧いてきたから訊いているだけだ。単純に俺が訊きたいだけだ」 「……乱歩さん、応えなくていいですよ。訊いてみたいですけど」 後半に太宰の本音が漏れ聞こえていたことは、敢えて無視するとして。 「僕が太宰を好きになったのは、今だよ。僕はそういう類の話は好まないけれど、敢えてその問いに答えるとしたらこう答えよう」 「…今?」 「僕は太宰の今の姿を単純に好きだと思っているだけだ」 それでも意味が判らないという中也は頭を抱える。僕の頭を。 何処が好きになったのか。 それは今この瞬間の姿。 その姿嫌いだったらきっと共に居るのは無理だろう。 「…今、この瞬間にでも好きになってくれる可能性だってあるんだな」 中也は僕の顔に近づいてこう云った。 そういう捉え方もあるか。 人の心は移ろいやすい。だから浮気なんて単語が存在するんだ。浮ついている気分。それは誰にでも持っているもので、曖昧な愛情を持っているから浮ついてしまうのは当たり前だ。浮気を否定するつもりは無い。 「…だったら、この瞬間手前が俺を好きになる可能性もあるかもしれねーな」 「―――え?」 その後、中也は僕にキスをした。 鼻がくっつく距離にあって、唇を思い切り吸い付かれてしまう。 「中也っ!」 太宰は慌てて身体を無理矢理動かそうとする。しかし、腰に巻かれたロープは太く硬いもので簡単にもがいて如何こうなる種類では無い。 だから、この場は僕が何とかするしかなかった。 頭突き。 今度こそは成功させて、見事素敵な帽子を彼の頭から落としてやった。 「…はぁっ…」 「大丈夫ですか、乱歩さん!」 隣に居る太宰は直ぐに僕の心配をしてくれている。両眉が下がり、心配の気配を見せているが、その下にある目の奥には炎が視えた。怒りが滾っていた。沸騰寸前。 その時、僕の予測通り聞こえてくる。 パトカーのサイレン音。 「……気づかれたか?…ひょっとして連絡でもしていたのか」 「僕が大人しく捕まっている訳無いじゃない。まぁ、実行したのは太宰だけれども」 太宰が探偵社にこっそり伝達をしていたのだ。それを判っていたからこうして悠長なことをしていたのだが。 「まぁ、いいか。今回は見逃してやるよ」 「さっさと消えろ」 「はっ、太宰が俺よりも低くて良い見物だったぜ」 中也は再び帽子を被って、衣服を整える。ここから去る準備をしている。警察が来るよりも中也が逃げるのが早いか。 「なぁ、名探偵。此れで少しは俺の事を好きになってくれたか?」 「全く。君に魅力を感じたりしないよ」 「そうかよっ」 中也はそう云うと、太宰を一度睨んで姿を消してしまった。 「…乱歩さん、本当に中也の事どう思っているんですか」 「どうも思っていないよ」 今は、まだ彼を知らないのだ。 「じゃあ、乱歩さんはちゃんと私を好きでいてくれていますか?」 「…さっき云ったじゃない」 「ちゃんと教えてくださいよ」 太宰は必死になっている。 必死に僕にその質問を投げかけてくるのだが、なんで人はそれを訊きたくなるのか。それを質問返しとして太宰に投げかける。 すると、 「人は曖昧なものを信じるには結局形を必要とするんですよ。幽霊などの類も信じるには形が必要となるでしょう」 「愛情に形が必要、か」 「だから…人はキスをして相手と近づいて態度を見るんですよ」 ………。 太宰が今度は不貞腐れた。 「…そんなにキスを引き摺らないでくれよ」 「そりゃあ引き摺りますよ。隣で乱歩さんが汚されたんですから」 「僕はとっくに君によって汚されているよ」 この後、僕達は警察の力を借りて、自由を取り戻す。 自由を取り戻すと行き成り太宰がキスをしてきた。 まるで僕の中から中也のモノを取り除くように、激しくくっつけてきた。 |