プレゼント | ナノ
 


「なぁ、乱歩」

 身長差の有る二人が同じ空間に隣並んで立っている。一方は何をしたらいいのか、無表情ながらにも戸惑う。
「ん、何?」
「如何してお前とこんなことをしているだ」

 福沢は耐えきれずに訊いてしまった。此処まで何も問わずに小柄な男―――乱歩についてきたのだが、矢張り目の前に置かれているものには抵抗があった。
 目の前にはチョコレート。そして鍋など調理器具が並べられている。そんなものが用意周到なこの場所は、ちゃんと調理台である。乱歩は福沢に比べてうきうき気分であった。

「なんでって、そんなことわざわざ訊かないでよ。だってクッキーを作るためだって」
「ああ、それは判った。材料もきちんと揃えたからな」

 しかし、福沢が訊きたかった事は其処では無く、その前。如何して乱歩がクッキー作りだそうと試みたのか、だ。
 数時間前に突然自宅を訪れてきた乱歩は福沢に向かって「クッキー作りをしよう!」と放ったのだ。
 福沢は彼の突然の来訪から全てにおいて詳しく顔には出さなかったものの、心の中では乱歩が何を考えているのか判らないでいた。

「ほら、社長も早くチョコレートを溶かして。でも、どうやってチョコレートを溶かすの?板チョコにお湯をかければいいか」

 そんな行き当たりばったりの発言を聞きのがさなかった福沢は慌てて乱歩の手からお湯入りのやかんを取り上げた。危うく自宅の被害を防いだのだ。

「……お前はクッキーの作り方を知っているのか」
「ううん」

 乱歩はけろっと答える。何か不満でもありますか?と問われている気分になる。
 福沢も普段は料理をしない。なので何も見ずに調理を行える訳では無い。乱歩はそれ以前に調理の基礎が身に付いていないのだ。

「ちょっと待て」

 福沢は慌てて、その場を離れて、何かクッキーの作り方が判る手段は無いか、と携帯電話を取り出す。最近のものは便利だ。それを活用して如何にかクッキー作りを学ぶこととしようと試みたのだ。
 その間も乱歩は板チョコを食べて、詰まらない時間を潰していく。














「…ねぇ、社長!これ、あひるみたいじゃない?」

 あれからなんとかクッキー作りを完成まであと少しまで導く。チョコレートを溶かして活用していくところも生地作りもほとんどは福沢の手によって出来上がった。
 実際には乱歩が飽きたのだ。

「地味な仕事」
「ねえ、お腹空いてきた」
「何時になったら出来上がるの」
「喉が渇いた」
「まだー?」

 彼は事あるごとに隣で福沢の邪魔をした。彼が持ち出した案件であるというのに当の本人は疲れていた。そして、その文言に疲れていく福沢。
 そんな乱歩もクッキーの形作りにまでやってくると楽しそうに活動し始める。

「乱歩、このクッキーを如何するんだ」
「プレゼント」
「…………」

 そこで福沢は目を見開く。
 クッキーを自分の為に作ろうと思っていたのだとばかり考えていたが、あのお菓子好きの乱歩が人に物をあげようと考えていたことに驚嘆していた。

「それは、誰にあげるのだ」

 相手を確認しようとした、が。

「見てみて、これ社長の顔に似ているかな」

 大きな記事をめいいっぱい使って人の顔を作っていた。

 ―――これが自分の顔とは信じられない。

 それが福沢の率直な想いであった。しかし、楽しんでいる隣の人物を前にしてそんな非情な発言をする筈はなかった。乱歩が作っている不細工な福沢の顔もきちんとオーブンにれて行く。

「ふふん、早く出来上がらないかなぁ」

 乱歩はオーブンの前に貼り付いて動かないでいる。ウィンドウに齧りついている様を後ろから見ている福沢は疲れから解放され、ほっと肩の荷を下ろしていた。
 プレゼントをするといっていたが、この手作りクッキーは福沢の手で作られたものと云えるだろう。
 それを誰かにあげると云っていた福沢は少し複雑な気持ちを持っていた。
 自分の労力が乱歩のものとなってしまう―――という訳では勿論無い。

「早く出来たら食べたいね、社長!」
「……人にあげるんだろう」
「ん?だから、あげるんだよ。社長に」
「……俺か」
「そうだよ。他に誰にあげるの」

 乱歩はまた、当然だと云った。
 福沢はすっかりその焼きかけのクッキーが自分の手元に届くとは予想をしていなかったので、固まってしまった。
 未だに焼きが進んで行くクッキー。その間に、余ったチョコレートを乱歩は舐める。未だに溶けたままですっかり板からかけ離れた形を持たない液体は確かに甘味を保っていた。それを舐めては福沢にも差し出す。

「チョコレート」

 差し出したものは、チョコレートを付けた指だった。乱歩は自分の指を福沢の前に突き出して、舐めるように云っていく。

「………」

 それを舌を出して舐めると、乱歩の指はぴくりっと震える。

「舐め方がいやらしい」
「お前が出したんだから、その要望に応えただけだ」

 そう云うと、乱歩の指を第二関節まで咥え込む。流石にその行動は考えていなかったのか、乱歩は動揺して顔が赤くなる。
 福沢としても乱歩にしてやられた感があったため、その仕返しだった。乱歩はすっかり自分の仕掛けた罠に嵌ってしまった。

「もう、おしまい!」

 乱歩が声を張ると、口元がすっと離れる。福沢は乱歩の顔を見ると、すっかり焼き上がった表情が出来上がっていた。

「なんだ、興奮したのか」
「ふぇっ!?興奮なんか、しない!」
「………」

 何を慌ててしまっているのか。まだ残っているチョコレートはすっかり乱歩の眼中外となり、自分の指を如何したらいいのか判らないでいた。

「社長の癖に」
「社長のすけべ」
「社長のえっち」

 乱歩はあらゆる言葉を投げかけるも、福沢に届くことなく、離れた口は乱歩の口元に届けられる。

「…ん…しゃ、ちょ…」

 口の中に二人とも含んでいたチョコレートの味が漂う。
そして徐々に焼き上がり色が変わり始めて、無事焼き上がると、直ぐに取り出して出来上がりを二人並んでみる。

「…それじゃあ、はい上げる」

 焼き上がったものを取り出した途端に乱歩はこう云った。
 ろくに装飾もされておらず、そのままの状態を貰う福沢。本人としても目の前で出来上がりの工程を見ていた―――作っていたので複雑な心情を持ちながらも一口入れる。其処には自分で作った苦労の味があったが、確かに乱歩から貰った愛情も含まれていた。

「…………」

―――乱歩が、誰かに何かをあげようと思うようになってくれるとは。

 福沢は、乱歩なりのプレゼント貰い、純粋に嬉しさを噛み締める。

「ねぇ、僕も食べて善い?」

 そう云って、福沢の返事もろくに訊かないで一つ口に入れる。

「今度はドーナツでも作ってみようかな」

 乱歩はそう呟いて、隣にいた福沢は汗をかいた。