雲一つない真っ青な空。きちんと整えられた緑の芝生。塗りたての白い教会。 そんな綺麗な景色に似合う様に大勢の人が着飾って集っていた。 探偵社の人々。 福沢社長を始めとして国木田君やら賢治君も正装を着こなして揃っていた。それを少し離れた場面で見てから、直ぐに私は別室へと行き、鏡の前へと立つ。其処には何時もと違った姿。無造作な髪の毛もきちんと整えられて、白いタキシードを着用される。 しかし普段着慣れない為、この格好は実に不自由だった。ネクタイが窮屈となり、直ぐに緩めてしまう。 「何してんの」 一人でのんびりと時刻をただ待っている間に、通路の先に乱歩さんの姿。彼から少しずつ近づいてくるので、その到着を待つ。乱歩さんも何時もより正装している。彼らしいスタイルであることには変わりないが、その異様さにもまじまじと見つめてしまった。 「時間までのんびりしているんですよ」 「ふうん」 乱歩さんはそれ以降特に何か訊くわけでも無く、彼は無言で私の隣に並んできた。 「……綺麗ですよね」 「え、何が?」 乱歩さんにはこの言葉の意味が判らなかったのか、眠そうな表情を見せたままこちらに振り向いた。 「教会ですよ。こんな素敵な場所に来るなんて想像したことが無かったので」 「……まあ、僕も太宰にこんなに似合わない場所があるもんだな、と思ったよ」 彼なりの皮肉なのか、お祝いなのか。 しかしその意見には全面的に同意だったので私は苦笑してそれ以上何も云いはしなかった。 「首。ネクタイ解けているけど…」 次に乱歩さんが私のネクタイの緩さに気づいたらしく、自分の首元を指さしてそれを教えてくれた。乱歩さんもネクタイこそしているものの、彼は矢張り緩めて着崩している。 「乱歩さんが結んでください」 私は乱歩さんの前に胸を突き出して、やってくれと頼む。 「…僕、上手くできないよ。大体何時も適当だし…」 「いいですよ。適当でも。乱歩さんがやってください」 「……じゃあ、僕向かい合わせだと出来ないから後ろ向いて」 そう云われたので、そのまま乱歩さんに支持されたように身体を半回転して彼に背中を見せる状態になった。だけれども、彼と私の間に身長差があるために中々上手く結ぶのは至難である。 「…屈みましょうか」 「いい」 その時の乱歩さんの声は低音であった。何か癇に障ったのだろう。何か、とは言い表さなくても大体判ったが。 背後から伸びてくる両手は私の脇の下を通ってネクタイに触れる。 「………んっ」 背中に温かみが感じられる。恐らく乱歩さんが私の背中にくっついているのだろう。そうして横から辛うじて見える視界を利用してネクタイを結び始める。 「…ねえ、太宰」 「なんですか」 「こういうのはさ…僕じゃなくて他の人にやってもらうもんじゃないの?」 手は動いているけれども、背後に居る乱歩さんの表情は読み取れなかった。けれども、少しだけ声が震えているのは見逃さなかった。 「着付けをしてくれる人とか、奥さんとかにさ」 そうしてだらしなかった紐は徐々にネクタイの形を作って行く。するすると私が触れていないのに形が変わっていく様を見て異様だと思う。目の前の事に目線が行って、すっかり乱歩さんの言葉には耳も傾けなかった。 「貴方に結んでもらいたかったんですよ」 「何を云っているの。本当に、太宰の云っている事は訳が判らない事が一杯だよ」 乱歩さんはあからさまな溜息を付きながらもなんとか完成したネクタイ。お世辞にも褒められる形では無いものの、彼なりにやりにくい体勢から作ってくれたのだから。 完成すると、すっと距離を離す乱歩さん。 「それじゃあ、もう僕は行くよ」 「待ってください」 乱歩さんが踵を返そうとしたところを、私は手首を掴んで止める。 「………何」 「乱歩さん、愛しています」 私は簡単に口にした。 「……それを、なんで僕に云っているの?これから君は結婚式をして新しい人と生活を送る事になるんだから、そんな軽はずみなことを此処で口にしない方がいいよ」 「乱歩さんは私の事、好きじゃないんですか」 つい先日まで付き合っていた二人。 将来性の為、なんて言い訳じみた文句をつけて互いに別れる事に話を付けたけれど、きっとこれが最善だったとは思えない。 「………もう、早く結婚でもしたらいいじゃないか」 「そうですね。乱歩さん、私は今日、結婚します。そしてそのうえで改めて云います」 私は彼が振り返ってくれないので、自分から回って彼に顔を向ける。真正面に向かい合って、厭でも互いの顔を見なければならない。 ゆるゆるのネクタイは今にも崩れてしまいそうに脆くて… 「私は、乱歩さんを愛しています」 「……何を云って…」 「世間体を気にして結婚するように急かしたのは乱歩さんですよ。私はそれを守ってこれから乱歩さんの要望通り結婚をします」 だから、今度は私の云う事を訊いてください。 乱歩さんは顔を舌に向けたまま、何も云わずに両手を思い切り握り締めている。ああ、そんなにきつく握ったら爪が皮膚に当たって痛いだろうに。 とっくに崩れているこの関係は一体どこに繋がっていくのか判らない。それでも判ることが一つだけ。 今日は、私の結婚式だ。 |