ポオはあの日から今までずっと気持ち悪いと思っていた。 何が気持ち悪くて体を蝕んでいるのか―――それは彼の存在であった。 乱歩。 彼の持つ異能力『超推理』。 気持ち悪いしこりが身体に何時までも居座っているのは、初めて彼と対峙して事件を互いに分かち合った時からだった。 常識で云えば、地道な状況整理やら被害者の身辺整理…事件が一つ起きるだけでかなりの労力を必要とする。それは探偵も同じこと。探偵だろうが小説家だろうと道筋を考えて繋がることを確かめてからそれは確かに綺麗で正しい解答であると成り立つのだ。 しかし、乱歩は違った。 事件現場を一目みただけで解決してしまったのだ。先に解答が出てしまった。 途中式を書かずとも、彼はそのまま答えだけを提示して周りを置いてけぼりにしてしまう。ポオも周りと同じだった。彼に追いつけるどころか、一体如何したらその差を縮められるのだろうかと恐怖した。 超推理はそれは綺麗で奇妙な異能力であり、ポオの眼にしっかりと残っていた。彼のすさまじい勢いよ。 ポオは乱歩に事件解決の件で勝敗をつけられて悔しくも有りながらも、対峙していた相手が果たして人であったのかすら怪しんでいた。 「……乱歩君が怪物であるか否か、我輩自身の眼で見れば判ることだ」 その時、いい話が転がり込んでくる。まさに組合の仲間として日本へと向かい、乱歩と再び対峙して本当に怪物であるのか否かと確かめるべきだと思っていた。最高の書物をもって、彼に挑む。 「……………っ!!」 目を覚ますと、そこには乱歩がポオの前にしゃがみ込んでいた。 乱歩が目の前に立っていた―――ではなく、ポオが乱歩の前に居たのだ。 洋館に似た作りの建物内で、乱歩はしゃがみ、ポオはそれを傍観し、そして……もう一人は倒れていた。血を流して目を閉じて…まるで死んでいる様であった。 別に死体を見たのが初めてではないので、ポオはそれに動揺することは無かったが、それでも心は動揺を見せていた。 「………ら、乱歩君…?」 「……ぅぁ…っうぅ…っ」 小さく声を掛けてみるも、彼には最早届かない。 彼自身の鳴き声にかき消された。ポオは元々大声を出すのが得意ではないとはいえ、しんみりとしたこの空間で彼の声よりも乱歩の鳴き声が響いていた。 鳴き声。 違う、泣き声だった。 死体を前にして彼は泣いていた。 始めて会った時とは違う。彼は事件現場を見て高揚していたあの怪物とは違って、人だった。 大人とも思えないほどに人目を憚る事無く泣き喚く。目からはしっかりと涙が出ていて、動かない体を前にして声を荒げる。きっと、このまま止めなければ声が出なくなるまで泣いていくに違いない。枯れても枯れても、音が消えても泣き続けていきそう。乱歩は生き続ける限り。 「………如何して…死んだんだよ…莫迦じゃないの……」 悪態をつきながらも、その声には愛が含まれていた。 一部始終目が離せないポオは、ただ止まって…背景に溶け込んで彼を見ていることしか出来なかった。 こんな彼の姿を見たことが無かった。人らしい彼の姿。怪物だと思っていた彼の人らしさ。 ―――ああ、彼はこんな姿も見せてくれるのか。 ポオは不謹慎であると判りながらも、口角が上がっていた。人の不幸を見て、彼は気持ち悪さを振り払って、すぐに別の何かが占めた。喜びとも違い、愛しさに近いもの。 ―――もっと、乱歩君を知ってみたい。 たった一度会っただけの彼の姿を見て、それだけで彼の全てが判るわけないと。 「……乱歩君!」 先程より大きな声を出した際に、乱歩は気付く。ポオの存在に初めて気づいて、真っ赤な瞳を隠す事無く首を横に動かして目と目を合わせた。 ポオもまた、前髪から見え隠れする瞳をしっかりと乱歩に焦点を合わせた。 「………誰」 「乱歩君の助けに……っ」 そう云いかけた時だった。 何かが横から頭を目がけて当たった。ポオをしっかりと狙ったように彼に直撃した何かはそのまま彼の体勢を崩していき、倒れていく。 「……ちょっと、君?!」 乱歩は倒れていくポオに向かって駆けつける。その様を見てポオは何をやっているのか、と苦笑してしまった。 助けてあげようと手を指し伸ばしたつもりが、自分が駆けつけられてしまっては恰好がつかない。 ―――……助ける? 助ける。 意識していなかったが、ポオは確かに乱歩を助けようとしていた。 泣き喚く彼の姿を見てポオは助けてあげたいと思った。意識していなくても心の中の愛しさがそれを実行に移そうと身体を支配していた。 「………っ痛いっ」 次に起きたときにはそこは床に寝そべっているポオが一人だけであった。 一人と一匹。 もう起きる時間だと教えてくれている立派な動物はポオの仰向けの身体の上にのしかかり、目を覚ますように示唆する。 「………あれ、夢…であるか」 一体どこまでが夢だ。 泣き喚く乱歩君は夢か。 昨日まで何度も読み返していた書物を書いた事実は夢か。 日本に来たのは夢か。 乱歩君と出会った出来事は夢か。 自分の脳がゆっくりと起きることでなんとなく少しずつ把握していく。 「乱歩君……と、会うのは今日か」 漸く導き出した今日の予定を思い出しては、俊敏な動きを見せる。 起き上がって服装を整えて大して変りはしないものの髪の毛をしっかりと手入れをして朝食をとって… 今日は乱歩と出会う日。復讐を果たす日。怪物の彼に勝負を挑む日。 「…………」 夢ではあったが、それでも確かに乱歩君は確かに泣いていた。あれがポオの妄想の一部であったとは思えないほどに現実的な彼の姿。 「……怪物か、人か」 彼が一体何者で、どんな人で、どんな性格で。 復讐をお題目としておきながらも、彼と再び対峙するに当たって、彼自身にも非常に興味を示し始めていた。 ―――もっと知りたい。 にやりと一人で笑みを浮かべると足音が聞こえてくる。 二つの足音。 近づいてくる足音の一つは明らかに乱歩であると確信して彼と再び会える瞬間を楽しみにする。 「君か?僕に挑戦するとか云う、偉い人は!」 勢いよく扉を開けられる。 その先に居たのは、子供の様な笑顔を見せていた乱歩であった。 そしてポオもまた彼の笑顔に応えるように笑みを見せた。 |