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「…あれ、乱歩さんはお休みなんですか?」

 そう云えば今日一日彼の顔を見ていなかったなあ、と思い。近くを通った社長に訊いてみると、答えが返ってきた。

「どうやら風邪を引いたらしい」

 乱歩さんは昨日まで元気な姿を見せていたけれど、それはあまりに突然だった。

「太宰には悪いが少し様子を確認するために電話でもしてもらえるか?あいつが大人しく寝込んでいるかどうか怪しいからな」

 別に社長は乱歩さんがズル休みをしたかを気にしているわけでは無い。彼の生活感の無さから、風邪を引いたからと大人しく寝込んでいると考えていないのだ。
 その考えに確かにそうだな、と私は社長と別れるやすぐさま電話をしてみる。

「………」

 プルルルルッ
 ずっと鳴り響く電話の発信音。
 その長さが増していけばそれだけ何かあったのではないかと不安を募らせていく。不安は最悪の事態を想定し始める。
 と、そこで発信音が途絶える。

『…………ん』
「もしもし、乱歩さん?大丈夫ですか?」
『……うーん、誰?』

 誰、とは。
 これは予想以上に危ない状況なのかもしれない。乱歩さんも風邪を引いて汗をかいている事でしょうが、こちらも汗をかいてしまう。

「今からお見舞いに行きますから、何か食べたい要望はありますか?」
『……あいす』

 それだけはきちんと聞き取れたので、直ぐに電話を切ってそのまま仕事が無かったので、帰社する。










 片手にはアイスやら様々な病人向けの食品を揃えた品々の袋。
 きっと乱歩さんは何も食事が無いまま苦しんでいるに違いない。

「乱歩さん…?」

 以前に貰った鍵を使用して、入ると。其処にはまず最初に乱歩さんが目に映った。予想外な程に目の前に居て。

「え、乱歩さん…?」

 思わず食品袋を手放してしまいそうな程に乱歩さんは床に突っ伏していた。
 多分……床の冷たさに頼ってしまう程に参っている。確かに床は冷たいですけれど、そんなお出迎えの志方をされても。
 乱歩さんを起こそうと努力すると、思った以上に身体が熱いことに気づく。起きているのか、ぼそぼそと口を動かしてはいるが、近距離でも何を云っているのか理解できない。
 取りあえず、と身体を抱っこして持ち上げる。それから真っ直ぐ部屋へ身体を運ぶとそこには水が散らかっていた。零したのか、床が濡れている。それ以外には全く今日の生活の跡が感じられなかった。ひょっとしたら一日水しか摂取していないのではないか。

「……ん…太宰…?」
「そうですよ。少し大人しくしていてくださいね」

 少しだけこちらに意識を向けた乱歩さんはもう一度目を閉じた。云う通り大人しくなった。
 身軽な身体を持ち上げて布団に仕舞う。自身の腕に自分のものでは無い汗が伝ってきており、完全に熱に参っている状態の彼の大量の汗にぞっとする。

「乱歩さん、何か飲めますか?」
「……んんんー」

 返事がどちらかいま一つ判らない回答が来たが、それでも傍に飲み物を用意してあげると、手を伸ばしてきて欲しいと強請ってくる。ゆっくりと上半身を起こして呑ませると、そのままこちらに抱き付いてきた。

「太宰…来て、くれたんだ…」
「そりゃああんな途切れ途切れの声を聞かされていたら、心配にもなりますよ。如何して風邪引いたことを教えてくれなかったんですか」
「………こんな、姿見せられない…て」

 それでも抱き付いているままだ。むしろ顔を見せない様に隠しているのかもしれないが、それでも今の乱歩さんはとても弱っていた。今までの活発な彼でも無く、風邪で弱り果てている。

「…私に少しでも力を頼ってくれれば直ぐに駆け付けますから。そんなところで見栄を張らないでくださいよ」
「だって…年上だもん」

 だもんって。随分と可愛い語尾を付けたものだ。

「年上でも関係ないですよ。先輩は後輩をこき使ってもらって構わないのですから」

 そっか。
 彼は、それだけ云うとそのまま体重をこちらに届けた。

「………乱歩さん?」

 名前を呼んでみるも、何も返ってこない。大人しく寝てしまったのか、少しすると寝息が聞こえてきた。
 それを確認すると、彼の汗を拭い取ったりと…色々と看病を続けていく。












 目を覚ました乱歩さんはゆっくりと身体を起こす。その直ぐ隣で寝ていた私はその行動で目を覚ますも、少しぼんやりした頭が身体を起こす動作の邪魔をする。乱歩さんの姿を背中側に在る為確認することができないが、それでも立ち上がったのは感覚で判った。

「太宰………ありがとう」

 小さく、聞こえてきた。
 乱歩さんの声は少し喉が掠れており、水分を欲している様だ。そりゃあそうか。あれだけ汗をかけば体内の水分は外へ出て行ってしまっている。

「…………好き」

 その声を聞いて私は直ぐに身体を寝返らせて乱歩さんの顔を見た。
 恐らく私が寝ていると思って発言していたのだろう。
 眼と眼が合う瞬間。彼が見開いて驚いていた。こちらとしても乱歩さんの口からそんな単語が訊けるとは思っても居なかったので驚いているが、云った本人は私よりもその度合いが違ったらしい。
 みるみる赤く熟される顔に、私はにこりと笑った。

「……私も乱歩さんのこと、好きですよ」
「僕は、別に…太宰のことを云ったわけじゃない」

 そうきましたか。
 そんなことが照れ隠しであることは直ぐに判る。きっと乱歩さんは自分の顔がどれだけ赤いか判っていないのだろう。全く、そんなに恥じらってまで云ってくれた言葉なら素直に受け取っておこう。

「お腹すいたでしょう。何か食べた方がいいですよ」
「そう云えば、アイス。頼んでいたもの…食べたい」
「そこはきちんと覚えているんですね」