灰色の空 | ナノ
 


 天気は不調。折角の休日を二人は一つ屋根の下で過ごすこととなる。
 うむ、どうするものか。乱歩さんは完全に雨が降りそうな天気に機嫌が悪くなってきている。

「…乱歩さん、これからどうしますか?」
「もういい。寝る」
「ああ、そうですか。…って、いやいや。乱歩さん、寝ないでください!今はまだ13時ですよ。午後1時です」
「お昼寝」
「お昼寝って…。貴方つい30分前に起きたばかりじゃありませんか。ほら、何か食事をしたほうがいいですよ」
「…水でいい」
「水だけじゃ駄目ですよ」
「人間は水で出来ているといってもいいぐらい水分は重要視されているんだよ」
「それでも人は水だけじゃ生きていけないでしょ。ほら、長生きするためにも身体を起こしてください」

 これから梅雨の時期だから雨はやむを得ないのだが、これから雨の日は毎日こんな風にだらけてしまうのだろうか。
 さてさて、彼を起こしてみたはいいものの、これからどうしたらいいか。乱歩さんが出かけてみたいと思う事なんて面白い事件が起きた時ぐらい。後は座ってお菓子を頬張って居れば満足できる実に単純な生物だ。

「それじゃあ、乱歩さん。遊戯しましょうか」
「遊戯?」

 お、食いついた。
彼の眼が少しだけ光を指す。遊戯という単語は彼にとって少し魅力的に映ってくれたらしい。それならばよかった。

「これから私は昼食を作りますから。乱歩さんはその間に遊戯でもして目を覚ましてください」
「その内容を教えて貰ってから僕は判断するよ。それに直ぐに終わってしまったら面白味に欠けるからからね」

 乱歩さんは漸く背筋を伸ばしてこちらに来てくれた。よかった、もう一度睡眠へと向かわれなくて。

「この家の中に乱歩さんが欲しがっていた新しいお菓子があります。この前買ってきました。それを探し当てられたら乱歩さんの勝ちです」
「ははっ、そんな簡単なものでいいのか?僕なら直ぐに見つけられてしまうよ。この名探偵に向けてどんな難問でも与えられたところで即解決なんだから」

 私の案に対して少しやる気を削いでしまったかと思ったが、まるで新しい物を見せられて輝いているような子供だった。すっかりやる気に満ちていた。

「名探偵さんなら敢えてその商品を提示せずとも判りますよね?ましてや自分が欲していたものならばなおさら」

 先日、乱歩さんは外に向かった際にコンビニに置かれていた新商品というお菓子に釘付けになっていた。そこで直ぐに購入してもよかったのだが、その時は既に大量の買い物を済ませていたので断念したのだ。既に大量のお菓子を抱えていたのだから、諦めてくれてほっとしてた。
 乱歩さん曰く、「今さら一つ二つ増えたところで変わらないよ」なんて云っていたが、私の絶望的な顔を見てそれ以上何も云いはしなかった。荷物が増えてもお金は減っていくのだから、そちらも気にしてほしかったのだ。
 そんなひと悶着あった商品を乱歩さんには探してもらいたいのだ。

「じゃあ、この名探偵が直ぐに見つけてしまおうか」
「ああ、では。もし乱歩さんが料理が出来終わる前に見つけられなかったら、今日一日私の云う事を聞いてもらいますよ」
「え」
「だって、それじゃあ何時かは乱歩さんが見つけてしまうじゃないですか。それだと緊迫感がないでしょ?時間に追われながら探してくださいね」

 私の笑みを見て、乱歩は少し目を細めていた。しかし私が直ぐに料理に向かうと、彼をまた一人で探し始めた。
 ああ、云い忘れていたが…一応『眼鏡』を使用するのは禁止だと云っている。乱歩さんのあの眼鏡『超推理』は飾りものではあるが、彼自身もそれが無ければ無意識的にその力を封印しているところがある。まあ、逆に無意識的に使用していることもある。それは別に構わない。少しでも乱歩さんが悩んでくれる姿が見れれば構わなかった。
 私が作るのはこれから炒飯だった。これを二人前で作るのにそれ程時間はかからない。

「まあ、普通に考えてお菓子置き場には無い、か」

 まず彼はお菓子の溜まり場を確認する。其処には既にたくさんのものが埋め尽くされていた。気まぐれに開けられては気が付けばまた新たなものが仕入れられている摩訶不思議の空間だ。

「どうですか?見つけられそうですか?」

 こちらに視線を向けてくる乱歩さん。何か感じたか?と少し警戒をするも特に何も発することなく、彼は部屋を見渡した。
 きっと彼の頭の中には何時もの風景がはっきりと記憶されてそのまま照らし合わせているところだろう。

「乱歩さんが負けたら何をしてもらおうかな」
「……っ!?」
「乱歩さんが一日私にくれると云っていたので、折角なら面白そうなことでも…」
「そんなものに動じたりしないからね」

 邪魔をするように彼の耳に届くように、何をしてもらおうか考える。

「何をしてもらおうかな。ああ、乱歩さんに女装をしてもらうのも有りかもしれないですね」
「じょ、女装…?」

 私の声と共に炒められる音が聞こえてくる。

「そうですよ。この前メイド服を貰いましてね」
「なんでそんなものがあるの?」

 乱歩さんの顔をちらりと見てみると、非常に怯えた顔をしていた。これは引かれているのか。いやいや、でも私が買った訳では無いのでそんな表情をされても。と弁解してもよかったが、それでも所持している時点で乱歩さんにとっては変わらないのかもしれない。
 まあ、もらったところで自分が着用できるわけでも無い。ならば彼に着せるしか使用手段が無い。それじゃあ着られることを本分とする服が泣いている。

「もう、太宰の変態!」

 少し遠くの声から聞こえてくる辺りからして少し離れた場所を探索しているに違いない。虱潰しに見ている辺り、乱歩さんは何処にあるのか判っていないのだろう。あの乱歩さんを相手に私が優勢という事に少し機嫌が良くなり、鼻歌を入れてみた。

「……判るわけ、無いか」

 乱歩さんには申し訳ないけれども、この勝負は絶対に乱歩さんが負けるように出来ている。フェアじゃないと批判を受けても構わない程に矢張り非道な男丸出しの作戦だった。
 だって……

「…!?」

 突然後ろから腰に腕を巻かれた。
 勿論この場に居るのは私と乱歩さんだけだからきっともう一人が近づいてきたのだろうけれど…

「何しているんですか。危ないですよ」
「もしかしたら、君がずっと所持しているのかもしれないと思って」

 そしてポケットやら服の上から色々と触られた。彼は至って真剣に弄っているのだろうけれど、これは何だか恥ずかしい。
 まあ、此処には無いですけれどね。

「因みに太宰の腹の中っていうのは無しだからね」
「…判っていますよ。まだ食べていないです」

 少し疑っている目を見せているが、何も嘘は云っていない。腹の中にはもう空に近い。私もお腹を空かせているのだ。

「じゃあ……買ってきていない、なんて事は…」
「はい、乱歩さんの負けです。出来ましたよ、炒飯」
「……太宰」
「え、何ですか?」
「買ってきていない、が正解だろう」
「さてさて、乱歩さん。席についてくださいね」

 私は彼を無視するように自分の調子で行動する。それでも乱歩さんは私を睨みつけてくる。なんて顔をしているんですか。そんな彼の両頬を引っ張ってあげる。怒りの表情が一気に和らいでいくも、乱歩さんは勢いよくその手を振り払ってきた。

「真剣に探した僕が莫迦だったよ」
「買ってきていない、なんて云っていないじゃないですか」
「え…あるの?」

 にこり、と笑みを返す。
 このはっきりとしない言葉に乱歩は煮え切らない顔をしていたが、それでも目の前に出された炒飯を見て、すっかり腹が空いていたと主張してきた。起きてから水すらもきっと体内に入れていないのだろうから、手を合わせて「いただきます」と声を揃えると直ぐに口にものが含まれていった。
 スプーンが姿を消す勢いで動いていく。

「それじゃあ、乱歩さんは今日一日云う事を聞いてもらいますよ。女装してもらいますからね」
「…女装って、どんなものがあるの」

 おずおずと彼がスプーンを止めて訊いてくる。矢張りそこが気になっていたか。

「メイド服やナース服など定番の物が…」
「ひ、一つ!なんでそんなに揃えているの。君が少し判らなくなってきたんだけど」
「そりゃあ、もちろん乱歩さんに着てもらいからに決まっているじゃないですか。本当はセーラー服も似合うと思うんですけれど、それは今度また頂いてきます」
「…………」

 その言葉に、これ以上何も云えなくなってしまったのか。乱歩さんは脱力してしまった。なるほど、負けた乱歩さんはこんな感じになるのだろうか。優越感に浸ってしまった私ではあるが、彼はまだ諦めきれていないらしく、正解を問い詰めてきた。

「ああ、お菓子の在処ですか?」
「そうだよ。買って来てあるのなら、それは何処にあったの?」
「乱歩さんはどのお菓子を想像していたのか判りませんが、きちんとお菓子の宝庫に仕舞っていましたよ」

「………え?」
「ええ」
「……ええ?」
「ええ」

 くだらない二人の会話になっていない会話を聞いて乱歩さんは固まってしまった。
 そもそもその探し物をきちんと提示していない時点で答えが一つである筈がない。それは乱歩さんがあちらこちらで欲しい欲しいなんて節操無い発言をしているからだ。だから、コンビニに売っていたものでも無ければ、近所のどら焼き屋の新商品でも無い。己の発言についてきちんと覚えておかないと駄目ですよ、乱歩さん。

「それじゃあ、先ずはメイド服から着てもらいましょうか」
「………太宰の、莫迦」
「その莫迦の浅知恵に負けたんですよ」

 にやり、と勝利の笑みを見せつけた。
 それから乱歩さんは黙って食事を済ませた。
 雲行き怪しい天気も偶には役に立つものだ。