inseparable friends | ナノ
 


 生徒会室。に、溜まる部外者たち。部外者という程忌み嫌われているわけでは無いが、生徒会の役員では無い人達がこの一室を堂々と使用している。一人はソファに寝転がって、漫画を熟読。もう一人は、お菓子を頬張りながら部屋中を散らかしていく。

「あーあ、国木田君は何時まで遊んでいるつもりなんだい。私達と楽しくトランプでもして勤しもうではないか」

 そう云って、太宰はテーブルに上がり、と称して手札を捨てた。現在太宰、与謝野、賢治、谷崎はトランプ「ババ抜き」を行っていた。罰遊戯(ゲーム)はビリがコンビニまで菓子を購入しに行くというものであった。自転車を使用して片道10分戦後の場所に在る為、この快適空間から出て行く事に躊躇しているため、酷く真剣であった。そんな中、一人お先に太宰が抜けた。

「何が勤しんでいるだ。何が遊んでいるだ。お前たちが遊んでいるんだろうが」

 今年から副会長を任されている国木田は未だに残っている今月の新聞作成に勤しんでいた。独りで、周りの雑音を気にすることも無く。ただ、流石に国木田も自分の名前が出されてしまったら答えないわけにもいかなかった。無視することが出来ない程に彼は正直者であったのだ。

「学生は遊ばないと損だよ。大人になったらきっと楽しみたいことも自由に謳歌することが出来なくなるんだから」
「遊びだけでは無く、勉学も学生の本分だ」
「…それじゃあ、僕も仕事しないと駄目だって…遠回しに云われているのかな」

 国木田と太宰が口論していると、その間に先程まで菓子に夢中だった乱歩が挟んできた。書記としての地位を持つ彼は、全くと云っていいほど仕事を行っていなかった。のだが、

「乱歩さんはいいんですよ。自分の仕事を全うしてから此処に居るのですから」
「そっか」

 国木田は乱歩に対しては何も口出しをしない。彼は、それが嫌味でも無く本心からそう思って、それを言葉にしている。

「国木田さんって本当に乱歩さんには何時も甘いですよね。良いンですか?」

 谷崎がそっと会話に混ざる。その言葉に何を云っているのか理解できない、と国木田が首を傾げた辺りでこのまま会話は終わった。

「それにしても、さっきの罰遊戯からあの子は戻ってこないけれど、ひょっとして帰宅しては居ないだろうねェ」

 あの子、とこの場に居ない人物を示唆しながらも、与謝野もまた自分の手札を捨てた。此れで、残りは賢治と谷崎のみとなった。二人きりで行うババ抜き程相手の手の内が判るものは無いだろう。何せ、一枚多く所持している賢治がババを所持しているという事は一目瞭然なのだ。そして、前回の試合で見事に完敗し、この場に居ない「あの子」が負けて全員分の飲み物を買いに行かされているのだ。谷崎はゆっくりと賢治の手札を吟味する。

「早く引きなよ」

 乱歩は呆れながらも、谷崎を押す。

「うわ、ああ…止めてくださいよ乱歩さん………。乱歩さん……あの…僕、ババ引いてしまったんですけれども」

 泣きそうな顔で乱歩の方を見てくる。別に彼が押したから悪いという訳では無いけれども、自分の運の無さを誰かに押し付けたいと思った谷崎。

「仕方ないね、君の運の無さはまるっきり見えていたからね」
「流石乱歩さん。何でもお見通しだ」

 乱歩と太宰は谷崎がババを引いたというだけで酷く盛り上がりを見せる。

「…済みません。でも矢っ張り勝負事なので手を抜いたら可哀想ですもんね」

 そうしてにこり、と純粋な笑みは谷崎に厭な現実を突きつけた。

「あー…もう…どうして僕はこうなんだ」

 太宰と乱歩は谷崎の肩をぽん、と叩いてあげる。彼等なりの優しさなのだろう、と前向きに捉えてみたものの、二人の顔は見ないでおくべきだった、と後悔をする。
 どう見ても、心配をしているとは思えなかった。むしろ、二人は罰遊戯の購買内容を考える事で必死だった。

「与謝野さん…」
「妾は行かないよ。折角勝負に勝ったのに、それを活かさない選択肢をする程愚かじゃないからねェ」

 仕方ない、と諦めて買い物に行こうと思った、その時だった。
 先程、谷崎の前に敗者となったあの子が帰ってきた。扉が壊れるのではないか、と思う程に大きな音を立てて開かれた。

「お待たせしました……」

 はあはあ、と息を切らせながら、両手に抱えている飲み物の数々。相当疲れた表情を見せているものの、誰一人彼の身を案じてあげるものは居なかった。正確には谷崎もこれから自分がああいう目に合うのか、と照らし合わせて恐怖をしていた。
一歩無駄に動けば飲み物が落ちる程に抱えているそのものを、ゆっくりとテーブルの上に置いて行く。
 乱歩さんにはいちごジュースを、そして国木田には緑茶……と、それぞれの注文を正確に間違える事無く購入してきた敦は、配り終えると、気になっていたことを口にした。切羽詰まった表情をしていたのは、急いでやってきたのは、途中で聞いてしまった事があったからだ。

「乱歩さんッて県外に受験をするって本当ですか?」

 この中で、三年生である乱歩。その彼が横浜から出て、大学へと進学していく事を…敦は聞いてしまったのだ。

「…んー?誰がそんな事云ったの?僕の個人情報は一体如何なっているのさ」
「乱歩さんの担任教師です。そのことで後で呼び出してくれ、と云われました」

 その後に、小さな声で「どうせお前らは生徒会室で遊び呆けているんだろう」と云われた事も丁寧に伝言として届けられた。
 同じく乱歩と同級生である与謝野は、このまま県内に留まって大学へと進学する道は決まっていた。横浜でなら不自由なく自分のやりたい事を行っていけると思って、直ぐに推薦枠を手にして将来を決めていた。
 だが、乱歩は……

「乱歩さんが私達から離れてしまったら、遊び相手が居なくなって凄く寂しくなりますね。私も乱歩さんの後を追って行くかもしれないです」

 太宰も乱歩の口から真実を聞きたい、と目線を移す。仕事をひと段落終えた国木田も密かに聞いていた為、彼へと顔を向ける。

「え、何。皆もそんなに僕の進路が気になるの?」

 乱歩を中心に皆が徐々に身体を近づけて、危険獣を囲んでいく様だった。別に何も近くに東京が在るのだから、県外への進出は別段、不思議なことでは無かった。
 むしろ、乱歩の答えを知りたい、とじりじりと身体を寄せてくる様が不思議に見えて、乱歩は大きな声で笑ってしまった。

「云っておくけれども、僕は県外受験をするつもりは無いよ。面倒だもの。それに電車なんて珍妙な物乗れないしね」

 だから、この横浜の地を去ることは無い、と云った。

「矢張り、乱歩さんは此処に居てくれないと困りますよね」

 太宰は、にこりと乱歩を見て、凄く安心している。

「え、県内とは云っているけれど、別に何時までもこんな場所に居るわけじゃないからね。全く、太宰も皆も莫迦なんじゃないの?そんな噂を直ぐに信じちゃ駄目だからね、敦君」

 それを聞いて敦は皆に謝罪をするも、それに対するお咎めを誰かがする事も無く、先程までの一瞬の緊迫した空気はもう無くなった。どうやら与謝野も乱歩も同じ大学に進学するのだ、という事もはっきりと本人の口から聞いて、敦はにこりと云った。

「それじゃあ、僕達…また大学でも一緒になれますね!」

 と。

 心の中で、如何して皆が同じ大学に行く事になっているんだ、と思っていた国木田は彼等の輪の中に入ったまま黙っていた。