※このお話は、太乱・福乱の2パターンENDの選択肢があります。
五月。春が終わりを告げて、夏へ突入しようと風が夏らしさを運び始める。
「……ん」
目を覚ますと、まだ夜のままであった。
乱歩はベッドからゆっくりと上半身を起き上がらせる。
もぞもぞと身体を動かすと、隣で寝ていた太宰が声を唸らせた。乱歩の動きに反応したのか、深い眠りについているわけでは無かった為、直ぐに目を開く。目を開いた太宰は少しずつ今の状況を判断していく。何度か目をぱちぱちと動かして、徐々に視界に映る人物を把握して、最終的にはにこりと笑みを浮かべてみせる。
乱歩は太宰の顔を見て「ごめん」と言葉を掛け、起こしてしまった事に若干の罪悪を感じる。
「…僕、全然今までの状況が覚えてないんだけど…」
如何して二人で一つのベッドに寝転んでいるのか、乱歩の今日の記憶は仕事を終えて事務所を後にしてから、綺麗に消えてしまっていた。彼は頭を抱えてみると、頭痛やら疲れやらが溜まっている事が身体に現れていた。
「ああ、乱歩さんは結構酔っ払っていたので記憶が無いのも仕方ないですね」
そうして乱歩の頭の中から抜け落ちた時間の事を太宰は丁寧に説明をし始める。事務所を出て、此処までのことを。
「乱歩さんが偶には一緒に飲みでもしよう!と意気込んでいたので、私も仕事を早々に片付けてその後直ぐに近場の居酒屋へと踏み入れたのですよ。もう既に出来上がっていたサラリーマン等が集っていましたね」
大体の仕事は敦に任せてそのまま逃げ去ってきた、という事は特に教える事もせずに話を進める。
「まあ、あんまりにも早い段階で酔いが回ってきた乱歩さんは、その後もう一軒寄ろうと云っていたのですが、流石に…と私の判断で家に連れ込んでしまいました」
すると、乱歩は頭の中に僅かに浮かび始めるパズルをくっ付けていく。
「そして家に帰ってきた途端に、直ぐに乱歩さんは玄関で倒れて眠りについてしまいましたので」
「だからって一緒に寝る必要は無かっただろう」
冷たい言葉を返す。乱歩は自身の身体に纏っている服が外着のままであることからも、太宰の云っている出来事はそうなのだろうと納得をする。
「……何もしていないだろうね」
「何も、とは?」
「……別に」
疑念の視線を太宰に送るも、彼は華麗にそれを躱す。
「それに何かしたところで別にかまわないでしょ。私達は、もう付き合って何カ月も経っているのですから」
「それとこれは別の話なの!」
太宰の言葉に恥ずかしさが増した為、勢いよくベッドから離れて、二人の間の距離を保った。
それから少しずつ衣服を脱いで楽な格好になり替わろうとする乱歩。
「シャワー借りてもいいよね。もう汗がべたついていて身体が不快感で一杯なんだよね」
付き合ってもう数カ月の仲。互いに家の構造すらも把握して、泊まり込みの事も珍しくはない。現に乱歩は太宰の「どうぞ」と云う言葉を聞くとすぐにバスルームへと歩み進めていた。迷うことなく、何処に何が在るのか既に判っているのだ。
そしてシャワー音が鳴り始める。
「さて、と。私は乱歩さんの衣服でも揃えて置きますか」
ゆっくりと身体を起こして、すっかりベッドには二人分の温もりだけが残ることとなった。温もりの元は、すっかり乱歩専用の衣服が用意されている為、それを取り出してバスルーム前へと向かっていく。淡々と行動をしていく。そして、再び太宰はベッドにでも戻ろうと思っていた。その予定であった。
しかし、太宰の目には少し異質な物が映った。
シャワー音が互いの物音を邪魔しているせいで、乱歩は扉を超えた先に太宰が居るとは思っていなかった。だが、太宰も足音を立てる事も無く、すっかり固まってしまっていた。乱歩が何時も着用している衣服の上には謎の物が置いてあった。
水色のプラスチック製である指輪が、衣服に守られている。それに、太宰はゆっくりと触れて、じっくりと鑑定してみる。
お世辞にも高価だとは云えない程の指輪。
太宰はこれが勿論自分の所持している物では無い事は判っていた。乱歩の衣服に置かれていたのだから、これは乱歩のであるに違いない。しかし、こんなものを持っている事を太宰は知りもしなかったことが、やたらと気がかりとなっている。
たかが玩具の指輪。
けれど、この価値は如何なるものか。
「あれ、太宰?何しているの?」
突然、背後から声を掛けられる。
いつの間にかシャワー音が聞こえなくなり、彼は身体を濡らしたまま同じ空間にやってきた。その水滴は太宰が用意したタオルによって吸引されるため、乱歩はそれを求める為に歩く。
咄嗟に太宰は距離を取ってしまった。
「乱歩さんの替え服、用意しておきましたよ」
タオルと共に纏めて用意したものを教えてあげ、そのまま距離を少しずつ離して、そのまま、そのまま…その場から去っていく。
その時、太宰は片手をきつく握りしめていた。その中に玩具を仕舞い込んで。乱歩に何も云わずに勝手に持ち出してしまっていた。
しかし太宰はこの指輪がどういうものなのか気になって仕方が無く、一人になった途端にもう一度それを眺める。
もしかしたら、乱歩が気まぐれに購入した物だったかもしれない、という選択肢が太宰の中に浮かばない程に彼は不安を感じてしまっていた。
玩具と云えど、「指輪」であることにばかり固執してしまっていた為、特別な意味があるのではないかと思っていたのだ。
「ふう、此れで漸くゆっくり睡眠をとれるよ」
「あ、そうですね」
乱歩はラフな格好に切り替えて、ベッドへ一目散に飛び込んでいく。弾力性が彼の身体を守ってくれ、特に身体に怪我を負うことも無い。
彼は何も変わらなかった。
「……あの、乱歩さん」
「ん?」
太宰はゆっくりと口を開けた。
「いえ……なんでも、無いです」
しかし、開いた口は碌な言葉を発することは無かった。
不思議な行動をした太宰を一瞬疑問に感じていた乱歩だが、それもほんの僅かな事であり、すぐに自分の欲求を満たそうと布団を操っていく。
「太宰は寝ないの?」
あれだけ当初は恥ずかしがっていたというのに、彼は自然とベッドに空きを作り、そこを手で叩く。
「太宰―寒いんだけど。早く入って入って」
「すみません」
太宰はそう云うとベッドに移動し、空き場所を埋めていく。二人で何とか眠ることが出来るみっちりとした空間。
隣に居る彼に今の自分の心境を見透かされるのではないか、と若干恐怖を抱きながらも、彼は片手に指輪を持ったままでいた。