大きな犬3 | ナノ
 


 こういう時、誰に相談をしたらいいのか判らずに、乱歩は仕事中であるにも関わらず、机に突っ伏して困っていた。先週から会っていないポオのことを気にして…頭から離れないでいる。
 あの日、食事を作ってもらってから全く姿を見せていない。別に元々会っていたわけでも無いし、それ程親しいと感じていた訳では無い。だが、乱歩は一度気になってしまってからは消化不良で何時までも頭に残ってしまって――そして気になってしまう。何とも巡回しているその厄介な考えにどう終止符を打てば、それを話せる相手がいない。

「福沢さん……」

 福沢に訊いてみようかと思うが、しかし彼の仕事はとても重要なものを課せられて乱歩がそれに邪魔を入れるなんて出来ないのだ。(それでも乱歩は不躾に勝手に福沢に会いに行っては遊んでくれと要求をしたりしている)
 周囲と仲良くしようと関係を築いてこなかった乱歩は溜息一つ大きく出したところで誰かから声を掛けられもしない。むしろ仕事もせずに何をしているのだと痛い視線が送られてくるばかりだ。

 ――なんで僕が悩まなくちゃいけないんだ。

 そうしてポケットに仕舞われていた白い紙。数字が書き込まれている――ポオが乱歩に残した連絡先を使うわけでも無く、かといって捨てられもしない大切なもののように綺麗に保管されていた。このまま電話してみてもいいのだろうか。だが、用事も無いのに自分から声を掛ける事に抵抗する乱歩。

「……うーん…」

 頭を抱えてしまう乱歩はそのまま巡回してこいと上司に云われて渋々身体を起こしてまた外に歩かされる。
 同じ場所。ポオと久し振りに会った時もこの道を歩いていた。だが、中也とも出会ったことがあるだけに近辺を堂々と歩いてはいるが、周囲を気にしていた。ある意味巡回する意味では全うに仕事をこなしているのだが、暴動が目の前で起きていようとも乱歩には変わりなかったのだ。異能力者が絡んでいなければそれは警察が担当するもの。その区別は基本的に分けられているのだ。

「………あー美味しそう」

 商店街へと繋がる道を入っていくと、隣に並んでいた中華まん店。寄り道して購入してしまおうかと悩んで立ち止まる。勿論それに気づいた店主は元気よく声を掛けてくるので、乱歩は2つ購入した。肉まんとあんまん。どちらを食べたいか悩んでいたのだが決着がつかずに両方を手に入れるという新たな選択肢を生み出す結果となった。

「…………」

 近くにベンチを見付けるとそこに座って一つ取り出す。袋の中に入っているどちらかを手に掴んで取り出すとそれは肉まんであった。まだ買い立てのそれはほかほかと湯気を立たせて匂いを鼻に届けていく。
 火傷しないように気を付けながら小さく一口噛んでみる。分厚い皮はしっかりと歯型をつけるとちぎれて温かさを口内へと運んでいく。
 そうして乱歩はただぼーっと肉まんを食べてポオに電話をするか悩み始める。

 ――仕事があったら思い出さないのかもしれない。

 何も考えていないからこそ考えてしまうのではないかと思い、仕事に集中しようかと巡回へと戻ろうとした。
 その時、肩を叩かれる。
 先週も似た経験をしていた乱歩はあまりいい思いをしていないだけに少し険しくなり、ゆっくりと背後にいる者を睨み付ける。

「え、なんで…睨んでいるんである…?」

 すると、そこには先程まで悩んでいた張本人が現れたのだ。一週間ぶりの姿を拝見したがたかが一週間では変わり映えも無く、少し手が黒くなっているポオは乱歩の肩から直ぐに手を離した。

「仕事中なのでは…?」
「いいの。僕は今肉まんを食べたいと思ったから休憩しているの。食べ終えてから仕事に戻るからそれでいいでしょ」
「……なるほど」

 納得をしたポオは隣いいか、と訊いてベンチに二人並んだ。黒くなっている手は両手同じようで仕事が忙しいのだと示している証拠であった。きっと会えていない間には仕事に集中して家からほとんど出ていないのだろうと気付く。そう、ポオは元々あまり外出する人物では無かった――だから上手に外で出会うなど都合のいい展開が訪れるなんて無いのだと気付いた。それが判るだけで乱歩はすっきりと心の中にあったもやもややら苛立ちが消えて行った。

「……ねえ、あんまん食べる?」
「え、でも…これは乱歩君の物では…」
「要らないならあげない」
「い、いる!」

 ポオは慌てて離れて行こうとしているあんまんを掴む。折角乱歩から貰ったそれは肉まん同様にほかほかとしており、一口、早速口に含む。
 すると思いの外中にも温かさが浸透していた為、少し舌を火傷してしまう。

「あ、あふっ…」
「ああもう、気を付けた方がいいよ」

 乱歩は少しポオを心配してあげる。するとポオは苦笑いをしながら自身が持っていたペットボトルを口に含んで中に入っている茶を少し吸収する。これで火傷を最小限に抑えようと努力をするが、どうにもまだひりひりとする痛みは全体に浸透していく。

「仕事、忙しかったの?」
「あ、まあ…中々面白い話が書けずに行き詰ってしまって…」
「そっかあ」

 そりゃあ家に籠って考え込んでしまうか、と乱歩は思う。少し隈が出来ている彼の顔を見て乱歩は良い提案をする。

「それじゃあ、僕が今度は料理を作ってあげる!」
「え」
「何か文句ある?」
「ら、乱歩君は料理をしたことがあるのか?」
「無いよ」

 それはポオも予想をしていた。あの家の様子を見て、包丁すらまっさらで使われていないものがあれど、まな板が無かったのだ。そんな彼が料理をするどころか包丁を手にするなんてきっと難しいことだろうと思っていたのだ。

「……乱歩君、その気持ちだけでいいよ」
「――そう?」

 不服そうな表情を見せる乱歩だが、ポオはあんまんをもう一口食べればそれで実に満足だった。
 ポオもまた乱歩と会っていないのが気になって今日は外へ出てみたのだ。
 もしかしたら乱歩にまた会えるかもしれない――そんな確立として低い考えを実行して、また会えた。

「我輩は乱歩君とこうして会話をしているだけで今は満足なのだから――」

 今は。
 決して欲が無い訳では無い。もっと云いたいこともあるけれど、一先ずはこうしてまた会って会話が出来たことで満足しておこう。



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