四月馬鹿2016 | ナノ




「乱歩さん、おはよう。そして今日はエイプリルフールだね。」
「……はあ」

 4月1日、とカレンダーが今日の日付を告知してくれている。
 目を覚ました乱歩は、まず視界に太宰を入れた。
 昨日から珍しく夜勤を行っていた乱歩はそのまま事務所で眠ることになってしまったのだ。ソファを堂々と独占していたが、それでも身体が布団を欲していたようで、疲れは全然とれておらず、太宰の言葉の半分以上が頭に入っていなかった。だから、太宰が使用した横文字は彼にとってあまり気にされていないまま二人の会話は続いていく。

「……乱歩さん、聞いていないですよね」
「んんー」

 背筋を伸ばし、両腕を思い切り上にあげる。それが言葉への返事と云わんばかりに、彼はちっとも太宰の話を聞いてなどいなかった。
 太宰もそんな状態の乱歩に気づき、にやりと口角をあげる。

「それじゃあ、乱歩さん。私はこれから暫く事務所に顔を出さないつもりなので。よろしくお願いします」
「…え、どうして?」

 さすがにその言葉には反応を示し、降ろし損ねた腕が空中で迷い続けている。

「少し長期の依頼を受けたのでそのまま旅行も兼ねようかと思いまして」
「何時戻ってくるつもりなんだい?」

 お、と口を開く。
 乱歩が珍しく太宰の行動を気にしていることに意外そうな顔をする太宰。

 ―――少しだけ不機嫌なのかな?

「そうですねえ、そのまま小旅行でもしてこようと思っていますので。国木田君と敦君を連れて少し羽根を伸ばしてきます」

 国木田、敦、という言葉を強調して。露骨に乱歩への反応を確かめるように彼へ単語を伝えた。結果から云うと、これは嘘だ。太宰が乱歩についた嘘である。
 二人しかいないこの事務所で誰もそれが嘘であることを提示しない為、乱歩にはその真偽を問い詰める第三者が存在しない。乱歩は少し太宰の顔を確認するが、メガネを所持していない状態でろくに観察をしない彼にとってはきっと見抜けはしないだろう。
 太宰の少しだけ乱歩に仕掛けたこの悪戯。

「それじゃあ僕はしゃちょーと美味しい物でも食べに行くとするよ」
「え」

 そこで気の抜けた声が太宰の口から零れた。

「最近餡蜜を食べていないなあ、ああそれでもお団子もいいかもしれないな」
「ら、乱歩さん…」

 そこで乱歩の頭の上に浮かべている甘い物らを打ち消すように言葉を遮る。あまりに気を抜いてしまい、身体の魂ごと飛び出してしまいそうであったのだ。それだけ、太宰にとっては予想外の言葉が返って来てしまったのだから。

「四月馬鹿」

 乱歩はそう一言。

「ああ、気付いていらしたんですね。矢張り貴方を騙すのは中々難しいということですね。貴方の方が一枚上手でしたよ」

 四月馬鹿―――エイプリルフール―――彼にはお見通しであったようだ。一体どの時点で気づいていたのだ。小旅行をすると云った辺りは彼にとって嘘ぶいていると解ってしまったかもしれない。
 参った、と両手を挙げて降参している太宰を見て乱歩は満足気な表情。

「ああ―――最初から気づいていましたね」
「君がエイプリルフールと云っていたからそんなことだろうと思ったよ。それにしてはあまり太宰にしてはキレの悪い冗談だったけどね」

 起きた辺りからきちんと彼の耳に太宰の声は入っていた。それでまるで聞いていないような道化じみた行動を取っていたということだ。

「さあ、太宰!これから共に皆を騙していこうじゃないか。愚かな彼等ならきっと僕の話術を持ってすれば簡単に騙されて行くに違いない」

 太宰は生き返ったかのように意気揚々としている乱歩の姿を見て思う。彼は騙される立場では無く、騙す側の人間であるのだと。

「そもそも君が僕に話を持ち掛けたのはそういうことだろう?二人で彼等を騙して遊ぼうという算段だ。違うかい?」
「その通りです」

 流石は乱歩さんだ、と両手をぱちぱち音を立てて彼を引き立てる。
 それから彼はまずは誰から騙して行こうかと話し始める。国木田、敦、夏目、谷崎…次々の社員の名前を並べていく。

「与謝野さんを騙せたらどんな反応を示すかなあ」

 乱歩は妄想を膨らませていく。

「…ああ、そう言えば。乱歩さんが社長と出掛けるって話は嘘ですよね。あれも私を騙すつもりで云ったんですよね」
「ん?あれは本当だよ。最近社長と出掛けていなかったから、たまの休日に…」

 すると、太宰は物凄い勢いで彼をソファに身体を押し倒す。
 簡単に身体がソファに埋まり、太宰は乱歩の上にのしかかる状態となる。

「へえ」

 乱歩はただそう云っただけであった。そしてまじまじと太宰の顔を見つめて、目を細めた。

「君はそんな顔をしてくれるのか」
「休日なら私が付き合ってあげますよ。甘い物でも何でも用意します」

 太宰は笑顔で云う。それでも乱歩を掴む腕の力は相当込められており、彼を動かさないように固定していた。良い返事を頂けるまでは退かさない、と訴える。
 余裕の無い表情を見せる太宰を見て、乱歩も満更ではない様子で。

「四月馬鹿だねえ、君は」









☆☆☆

本当はもう少し長編にする予定だったのですが、中々この二人がエイプリルフールに引っかかる様を想像できなかったのでここまでです。
矢張り一枚上手の乱歩さんでした。