群青を抱いて | ナノ
 

※学パロ 太宰後輩×乱歩先輩





 学校の屋上には施錠されて誰も入れない様に整備をされている筈なのに、なんでだか二人はそんな禁断の地に足を付けてはしっかりと建てられている柵の向こうから見える海を眺めた。眺めているのは、腕に包帯を巻いて中二病をいかんなく発揮している男だけであって、もう一人の男はすっかり身体を横に倒して彼を睨みつけた。海は波を呼び込んだり引っ込めたりと繰り返して夕陽も一緒に連れ込んでくる。

「……ねぇ、太宰。なんでこんなところに連れ込んできたの」
「あれ、乱歩さんはこの屋上に魅了されませんか?私としては此処から見る景色が中々趣があるなぁと思ったのでこれを一緒に乱歩さんと見れたら最高だな、と思っていたんですけれど…乱歩さんって海が苦手でしたっけ?でも今年の夏は一緒に海に泳ぎに行きましたけど、普通にはしゃいでいましたよね」
「海は潮風が少し鬱陶しいと思ったりはするけど、好きか嫌いかだったら好きだと思うんだよねえ」

 何を他人事と。乱歩はぼーっと頭で固まらないまま口にしていく。だからか、特に太宰の饒舌な言葉も彼の元にはっきりと入りきってはいなかった。
 乱歩は今、焦燥に駆られている最中なのだ。

「……もう秋ですね。すっかり夕方になると風が冷たくなって涼しさを運んできてくれますよ。もう少ししたら長袖を着ないといけませんね」
「……んー」

 横に寝転んで、太宰とは違う角度から海を眺めてみる。柵の合間から見る海は矢張り綺麗には見えたけれど、その姿を見て自分の今の気持ちから綺麗だと素直に称賛出来る状態では無かった。
 乱歩は高校3年生となり、もう受験の季節となっていた。進路を大学にするのか、それともまた別の道へと進んで行き就職を選ぶのか。乱歩は未だに自分のやりたいことが見つからずに、ただ時間だけが過ぎていくので焦りばかりが積もって行ってしまっているのだ。
 八つ当たりもしたくない。だけれども、嘘を偽って笑みを見せるなんて苦痛も我慢できる余裕は無い。だから、太宰が無理矢理連れて来たこの場所に来てもそれどころでは無い、と別のことが浮かんでいる。
 そんな焦っている状況を太宰は知っていた。隣に何時も居たのだから。例え歳が違うと云えど、来年は太宰もまた同じ様に進路に悩まされるのだろうと思えば彼の焦りも他人事には思えないのだ。
 だけれども、今だからこそ太宰はこの場所に彼を連れてきたのだ。

「乱歩さん、折角だから立ち上がりましょうよ」
「んー…僕は此処からでいいよ」
「もう、そんな横になって居たらこのまま寝ちゃうかもしれませんよ。外で寝たら風邪を引いてしまいますって。云ったじゃないですか、最近の風は冷たくなってきたと」
「いっそ風邪でも引いてしまえば……」
「乱歩さん!」

 太宰は自暴自棄になってきている乱歩を見て、大きな声を掛けて負を取り払おうとした。それは上手い事視線誘導に成功して乱歩は黙って太宰を見た。海を背にした太宰が瞳に映る。
 そしてそのまま太宰は乱歩に近づいてゆっくりと起き上がるように腕を引っ張る。このまま抵抗をされても多少なら強引に、とも考えていた太宰であったが、しかし思いの外あっさりと乱歩の身体を起こすには成功した。

「……乱歩さん、もう後少しで卒業してしまうんですよ」
「そうだよ」
「だから今のうちに思い出を一杯作っておきましょうよ!今しか出来ないことを今、考えましょう」
「……それは、まだ進路に余裕があるお前だから云えることでしょ」

 珍しく弱気になる乱歩。こんなに弱弱しい彼の姿を太宰も見た事は無かった。何時も年上ぶっており、小さな体でありながらも大きな背中を前にしてくれていた姿ばかりを見せて来ていたのだ。それを見せてばかりで太宰は乱歩の弱い部分を見れていなかった。
 だからこうして今見れているのが不謹慎でありながらも嬉しいのだ。

「……毎日そんな堂々巡りをして応えが見つからないのならばそれは置いておけばいいんですよ。偶には逃げて、別のことでも考えてみましょうよ。例えば如何してこの立ち入り禁止のこの土地に私が貴方をお招き出来たのか、とか。乱歩さんの探求心を擽りませんか?」
「どうせ職員室から上手いこと先生を追い出してその隙に並んでいる鍵置き場から盗んでいるんでしょ。太宰の人前の顔の良さを利用したんでしょ」

 お見事。思わず拍手をしてしまった太宰。その乱歩の予測はまさに寸分違わずに当ててしまったのだ。太宰のそのずる賢さを活用して時々此処に一人でやってきては放課後の時間を過ごしていたりしたのだ。
 その時に見た、屋上からの海の景色を、太宰は乱歩にも見せてやりたいと真っ先に思ったのだ。誰でも無く、愛しい先輩に。

「乱歩さん、流石ですね」
「ふん、これぐらい僕なら簡単に予測できるよ」

 胸を張る乱歩は立ち上がり、太宰と向かい合う。その時、後ろから見えた海の景色は、先程とも違う、上から見えたそれは矢張り綺麗だと乱歩は思った。潮風なんて気にもならないぐらいに黙ってうっとりと見てしまいたくなる程の綺麗さ。

「……うわぁー」

 乱歩は柵を飛び越えてしまいそうな勢いで飛びついた。

「乱歩さんならきっと進路も時期に見つかりますよ。息抜きでもしてみたらどうですか」

 此処まで来て漸く乱歩は太宰からの思いやりに気づく。

 ――太宰は僕の為に此処へ呼んできてくれたんだ。

 少し恥ずかしくもなったが、それでも乱歩は素直に感謝出来ないので、顔を見れずにいるがそのまま太宰は気にせず喋り続ける。

「乱歩さんが疲れたり悩んでいたりしたら、何時でも此処に連れて来てあげますよ」
「……なんか莫迦莫迦しく思えてきたんだけど、まぁいっか。そうだよね……僕がこんなことでぐだぐだ悩むなんて矢っ張りらしくないからね!」

 完全に乱歩は戻り始める。何時もの元気溢れる彼らしく。
 そうして漸く太宰に顔向け出来た乱歩はにやりっと完全復活姿を見せつける。仁王立ちして小さな体は大きく見せる。
 そんな見栄を張る彼を見て太宰はほっと安心をして、

「それじゃあもう一つ思い出をあげますよ」

 そうして乱歩に近づいて行った太宰は、キスをした。自分の髪を耳に掛けて邪魔にならない様にと考慮も忘れずに、そして唇に初めて触れた。
 波が押し寄せてきたところでこの状況を助けはしない。

「………」

 少しの瞬間固まった乱歩は目を見開いたまま太宰に視点を合わせてみる。
 予想はしていたが、こうして黙っている乱歩を見てのべつ幕無し状態になった際にはこうして物理的に口封じをしてしまうのが手っ取り早いのかもしれないと考える。

「……ば、な、な…」
「バナナ?」
「…莫っ迦じゃないの!?なんで僕なんかにチューしてんの」

 口を抑えて顔を真っ赤にしながらも乱歩は平然としている太宰が何を考えているのか今一つ読み込めずに恐怖する。
「乱歩さんが疲れた時は何時だって私が癒してあげますよ」
 それはもう、確かに疲れも悩みも吹っ飛ぶぐらいの衝撃を与えられてしまい、乱歩の頭の中にはとっくに海の景色など消え去ってしまっていた。