初恋は実らない、ジンクスさえも憎い | ナノ


 最初に恋をしたのが多分、今だ。下手をすれば両親以外に好きになった相手は今までに存在していなかったかもしれない。

「乱歩、また仕事に向かうぞ」

 僕と福沢さんが出会ってから半年ほど経った頃であった。福沢さんの仕事の雑用係として雇われていた僕であるが、きちんと頼られているのか、僕がここに留まっていることが彼にとって何かしらの良い点が存在しているのだろうか。そんなことを疑問に思ってしまった。

福沢さんは用心棒での仕事を生業としているが、その仕事対象者の危険因子を早々に発見する様になってからやけに仕事が減量している。これは僕の推測では無い。実際、最近は仕事の予定を確認しては溜息をつく福沢さんを目撃することが往々にして在る。だからきっと僕が見ていないところではもう幸せが逃げるのすら諦めてしまう程に溜息をついているんだろう。とはいえ、僕に出来ることは事件を解決することに、用意してくれた学問知識を身に付けること。福沢さんは僕に世の中を知る為に知識を入れろと云って勉学を学ばせる。
 それらにきちんと応えているつもりだ。怒られることはしていない…はず。断言はできないが。

「福沢さん、今度の仕事は何?今度もパパッと終わらせちゃおう!」

 僕の異能でね、と云うと少し苦い顔をしながら笑っていた。
 それは僕の異能を使うことが嫌ということなんだろうか。何かやり方がいけないんだろうか。そんなことを頭の中で考えていても、きっとまだ子供の僕には大人の思考を読み解くことなんて出来やしないんだ。裸眼の世界には『何も見えない』のだから、僕には彼が溜息つく理由がわからない。
 それで僕も溜息をつく。

「…福沢さんって阿呆だよね」
「どういう意味だそれは」

 突然の小馬鹿にした発言に眉間に皺を寄せた。

「そのまんまの意味だよ。もういい歳だってのにどうしていつまでも独りでいるつもりなの?僕の両親は福沢さんぐらいの歳にはもう…」
「今はそう云った色恋沙汰に現を抜かすつもりは無い」

 福沢さんは僕の質問に答えて先に歩き始めて大股になる。あれ、怒らせてしまっただろうか。背中を見てみても、大きな背中だとしか感じられない。

 ……早く福沢さんが誰かと恋仲にでもなってくれればいいのに。

 でないといつまでも僕は福沢さんから離れられない。
 いつまでも隣に居るのは僕でいいんだ、と慢心してしまう。

「それに一つ訂正だ」

 ふいに、足を止めて声を張って云った。危うく僕は彼の背中に鼻をぶつけるところだったが、寸でのところで何とか掠めることも無く止まることが出来た。全く、危ないじゃないかと文句を云ってやろうかと僕も口を開けると

「俺の事を独りだと云っていたが、独りでは無いだろう」
「え、そうなの?」

 僕が知らないところで誰か片恋相手でも見つかっていたのだろうか。

「俺には乱歩―――お前がいるだろう」

 その言葉に僕は口を開けたまま何も言い返すことが出来なかった。

「……ぼ、僕?」

 ようやく振り絞った言葉がこれだ。動揺を隠すことが出来ずに、困惑した様を晒していると、福沢さんはそんな僕を見下ろして鼻で笑った。
 小馬鹿にした、というよりは微笑んだに近いかもしれない。その顔を見るとまたすぐに前を向いて歩き始めた。今度は僕の手を握ったままに。

「ほら、早く仕事をするんだろう。こんなところで無駄話をしている場合では無いぞ。お前のことを待ち望んでいる人が大勢いるのだからな」
「そ、そうだけど…そうだけども!どうして僕なんか数に入れたの!?」

 疑問に思って問いかけてみるも、何も答えが帰ってくることも無く、そのまま手を引っ張られて、それに釣られて身体も彼の後をついて動く。その手の温もりがやけに怖くて相手の手を振り払ってしまいたいが、福沢さんの実力は鮮明に思い出せる程の物だ。仕事を目の前にしていても分かるが、自分自身も一度彼に大きく平手打ちをされた経験がある為、その恐ろしさは体感している。だから振り払おうとしたところでそれが無意味であるとは分かっているが。
 その手を通じて彼に僕の想いが伝わってしまうのではないかと恐怖する。怯えてしまう。けど、嬉しかったりもする。

「しかし、あんまりお前が公に出ると困ったものだな」

 小さく溜息をつく。

「…どうして?僕の異能は警察も頭を下げる程に凄いんだよ?皆に見てもらいたいじゃないか」
「そうすると俺の仕事が無くなっているんだがな」

 今度は苦笑した。

「そっかぁ、でもそしたら僕が福沢さんを養ってあげればいいんだよね?そしたら福沢さん困らないでしょ?」

 僕は何一つ間違ったことを云っていない。これで少しでも福沢さんの役に立てていればそれでいいかもしれない。そうとさえ思っていたのに…
 福沢さんは笑った。あの無口で無愛想だと周囲から恐れられていた男が僕の前では笑ったり溜息をついたりしてくれている。

「なら、そうだな。お前に養ってもらう人生も悪くないかもしれないな」

 その言葉と同時に握られていた手は簡単に離れて行ってしまった。仕事の現場に到着した。既に警察は周囲に数台の車と共に到着していたらしい。
それに誤魔化されてまるで子供の戯言だとあしらわれてしまった感があるこの回答じゃ溜息の原因を取り除くことが出来ていないのかもしれないが、それでも福沢さんはそんな簡単に人を扱える人間じゃないことは僕が知っている。
 だから、もう少しだけ。
 もう少しだけ僕は福沢さんの隣に居よう。彼が独りじゃなくて、僕も含めてくれたのだから。最後の言葉を信じて。
 縁起の悪い言い伝えなどを忘れてしまおう。