まだまだ、最初 | ナノ
 



年齢操作学パロ

乱歩→生徒 太宰→先生




「こら、乱歩さん。何処に行くんですか?」
「………またか」

 学校のチャイムが鳴り、それは朝一番の授業が始まる事を知らせていた。その時、学生である乱歩は教室にはおらず、朝の時間帯のみ日陰となるこの校舎裏へと姿を隠していた。ほとんど乱歩は此処で時間を潰していた。所謂不良と呼ばれる部類に位置する彼は空を見上げて今日も天気がいいなぁ、なんて考えて直ぐに視線を落とす。片手ずつ持っている2冊の本はどちらもジャンルはミステリー・推理小説。
 そのどちらを見ようかとあらすじを読んでいる最中だった。

「またサボりですか、乱歩さん」

 古典教師の太宰が乱歩を見つけて躊躇なく話しかける。
 乱歩はここ2年間、こうして平和な朝を迎えて興味がある授業だけ出席をしている奇妙な人物として教師間でもすっかり有名であった。だが、それでも進級で来ているのは、単純に成績が優秀であるから、の一言で片づけられる。結局授業の成績は出席が全てでは無い、結果としてテストの中身が重要視されるのだ。その為、下手に教師も彼に話しかけようとはせずに、一応学校にはやってきているということで蓋をしたのだ。

「……太宰も暇だねぇ、僕になんか構ってさ」
「そりゃあ構いますよ。こうして一人のんびりとしているなんて狡いですからね。私だって授業放棄して日向ぼっこでもしたいですよ」

 なんて歯に衣着せない男なのだろうか、と乱歩は思う。
 この男―――太宰は今年この学校に配属された若き教師。乱歩も授業がある古典の教師であり、最初の授業だけはきちんと出席していた。だが、別に担任でも無ければこの男は部活の顧問という訳でもない。たかだか一時間程度の付き合いの間柄。それなのに、彼はやたらと乱歩に執着して付き纏ってくるようになっていたのだ。
 今まで黙認されていた乱歩の行動が全て太宰によって踏みにじられ始めていく。それが乱歩にとって勿論不快でしかなかった。

「ああ、乱歩さんは一人で教室に入る度胸が無いのですか。ああ、そうか。人見知りなんですね」
「僕の何を知っているんだよ。僕は喋りたい事には何時だって饒舌になれるし、人との会話だって抵抗は無い。但し興味が無い話は耳に入らないけれど」

 乱歩は自身が人見知りでは無いかと称されて太宰に苛立ちを覚えた。そのため、少し話が過ぎてしまった。

「では、私の話は興味がある為耳に入っているんですね」
「……とんでも解釈だね」
「そりゃあ都合の良い解釈もしますよ。揚げ足だって私は得意ですからね」

 太宰が敬語を、乱歩が溜め口を、という異色な会話を繰り広げていく二人だが、乱歩はこの男を別に見下している訳では無い。何ならこうして辛抱強く乱歩に接触をしてくるのでそれだけ教師としての誇りを持つ腕は遜色ないと褒められる。だからこそ、彼に屈するのが厭だったのだ。

「……授業に出ればいいんでしょ。この先何を云われるかなんてのは大体予想がつくよ。どうせ此処で云い合いをしたところで1冊も…1ページすら進めるなんて無理なんだろうからさ」
「私としてはもう少し乱歩さんと話をしてみたいところですが、それはまた今度の機会にでもとっておきましょう」

 太宰はにこり、と乱歩に笑顔だけを見せる。

「――――ふふっ」

 渋々ながらも重い腰を上げて教室へと歩みを進めようとしたが、背後から喧嘩を売られた笑い声が漏れ聞こえてゆっくりと顔を半回転させる。
 鋭く彼を睨みつけながら何かと問うてみる。
 すると口を手で覆いながらももう片方の手が乱歩を指さしして云った。

「後ろに可愛く寝癖がついていますよ。外に毛先が跳ねてしまっています」
「―――っ!?」

 慌てて大雑把に手を後ろ髪に当ててそれから何処にあるかと探っていく。そして太宰が先っぽを掴んだところで漸く見つけられる。
 指で髪の毛の流れを確認してみると確かに一束だけ判りやすく外に向かって飛び跳ねている髪がある。今朝の乱歩は目覚ましを止めて二度寝をしてしまった為、背後まできちんと確認する余裕など無かったのだ。

「ふふっ照れているんですか?」

 ―――誰が照れているというんだ!

 乱歩はあまたに血が昇りそうになった。何時の何か隣に、そして乱歩の横を通り抜けて先に前を歩き始めた太宰は、敬語を使いながらも、それでも乱歩を莫迦にしている様に、彼には見えていたのだ。












 あの、乱歩君。

 そんな可愛らしい言葉が乱歩の右耳に入ってくる。
 あれから太宰がきちんと乱歩が教室に入るのか確認をしていたので、途中でトイレに逃げ込むことも窓から飛び降りるなんて莫迦な真似も出来るわけも無く、渋々教室の扉を開けて、たった一つだけ空席であったそこへ座り、すぐに頭を机に埋めた。両腕でしっかりと光を遮断して。それでも太宰は彼がきちんと教室で自分の椅子に座ったのを確認すると、姿を消した。勿論周囲も彼の異様な空気を纏っていたので特に触れられもせず、遠巻きに視線を送っていた。勿論乱歩はその視線に気づいている。視覚が遮断されていても、否遮断されているからこそ、他が研ぎ澄まされる。例えばこそこそと喋っている声も耳に集中しておけば案外内容を読み込めるものだ。そうして耳を使って教室内を確認しながらも、何時の間にかそれを子守唄へと変えて居眠りをしてしまったのだ。寝息も立てずに。
 だからこそ授業が終わった途端に隣から声を掛けてきたのだ、この子は。

「……何」

 ゆっくりと顔を上げて寝起きですと断言できる表情を女子に向ける。そんな定まらない視線を捻りながらも目線を取り敢えず彼女の何処かに置いておくと、びくびくしているのが判った。
 だが、びくびくしているのは別に怯えている訳では無いと直ぐに判る。彼女が両腕で抱えているプリントの数々。どうやら彼女が云うには、このプリントが古典の授業の宿題だと云う。どうも彼女が日直でそれを提出する任命を受けているらしい。

「……古典…」

 それを口に舌乱歩は厭な顔に一気に変わっていく。
 古典の授業は、あの男―――太宰なのだ。一瞬彼の姿が頭を過り、頭を抱えてしまう。
 その女子は大量のプリントを持つので苦労をしているらしく、苦痛紛れに乱歩にとんでも無い発言を残した。残して、乱歩の反応を確認する間も無くさっさと持ち運んで行ってしまったのだ。

 ―――それを提出しないと成績を不可にすると云っていたよ。

 職権乱用。机の中に仕舞われている大量のプリントの中から、ホチキスで止められている紙を見付けてこれが提出物であると理解するのに時間はかからなかった。大きなプリントには古典の授業の穴埋め問題から文章問題まで、あらゆる応用問題が載せられていた。
 何枚か適当に目を通すと、少しだけ乱歩は固まってしまった。
 別に解けないという問題点では無く、彼に届けに行かなければならないという問題点であった。誰かに代わりに提出してもらう策もあるが、生憎乱歩に協力してくれる人物は思い当たらない。隣のクラスに与謝野という仲の良い人物が居るのだが、その子は決して生易しい人物では無いと判っている。なので試す暇も作れない。
 仕方ない、と取り敢えず空欄を全て埋めていく作業に入った。















 トントンッと国語科教室の扉が数回叩かれる。

「どうぞ」

 乱歩にとって訊き慣れて訊き飽きた声が扉の向こうからやってきた。
 許可を得たところで無言でドアを開けると、先ず真っ先に太宰の姿を確認出来てしまった。むしろ、太宰以外目にいかない―――それ以外の人は不在だった。

「これでいいの?」

 その言葉と共に乱歩は太宰へと例のプリントを提出する。そしてパラパラと捲られて空欄が有るかどうかを見ている太宰は「ふむ」と云うとそれを机に置いた。これで終わり、と踵を返そうとするが、それをさせまいと太宰の手が乱歩の手首を掴んだのだ。

「……少しお話でもしましょう、乱歩さん」
「…僕は太宰と話す暇なんて無い。話したい内容なんて無い」
「いいじゃないですか。私は何時も貴方との戯れに付き合ってあげているんですから、私にも付き合ってくださいよ」

 じゃなければ―――その先はまたも職権乱用紛いの発言をした。
 しかし乱歩を引き留めるには充分な材料だった為、不機嫌そうに顔をしかめながらも、隣に置かれていた椅子に座る。

「如何して乱歩さんは授業に出ないんですか?乱歩さんは授業が嫌いなんですか?」
「………」

 話し合い、それは太宰が乱歩を追いかけていくうちに浮かんできた疑問である。
 彼の授業への異様な出席率に反して成績面においては優秀な力を保持している。

「………判るんだよ、大抵の事は一度目にしたら大抵判ってしまうんだよねぇ。だから僕は君らが頑張って黒板を写しているものだって教科書を見れば何となく判るんだよ。学校の授業は教科書をきちんと見てそれを応用したものがテストに出るんだから。そんな内容ならわざわざ授業に出る必要も無い。それじゃあ読解時間を作ろう、なんて云い出したらその時間は僕にとって無駄になってしまうんだよね。だったら一人で別に勉強した方が楽だよ」

 彼は素直に話した。話てくれた。
 太宰は改めて乱歩の口から彼の真相・真意を知り驚愕した。乱歩と皆の実力が合わないと一言で云ってしまえば簡単であるが、きっとこの子はどの学校に行っても、態度が変わるなんてのは無いだろう。

「……だったら、如何いった授業なら出てくれるのかな?」
「うーん、なんだろう。答えの無い授業とか、かな。常識に囚われないで済む問題とかかな。パターンに嵌らないものなんてのはまだ面白いよ」

 太宰は試しに訊いてみたが、今一つ彼に見合った授業が浮かばず、自身の古典の授業に合わせるのが難しいと顎に手を当てて考え込んでしまう。

「それでも乱歩さんには高校生活は楽しんでいて貰いたいんですけれどね」
「何を楽しめばいいの?それともテストで満点を取れ、なんて云うの?」
「そういう条件を出すのも良いですけれど、学校生活は成績が全てじゃないですからね。私なんかは授業は飾りで、周囲との関係を築くのが目的だったりもしましたし」

 それでも意味が判らずに乱歩は彼に首を傾げた。その時点で何となく太宰は乱歩を理解してきていた。乱歩にとってはまだ世界が狭く見えているに違いないと。

「…学校行事には様々なものが有りますよね。修学旅行や文化祭等が。それらだって人と人とを築く物です」
「それは友達が欲しいと思うからなんじゃないの?」

 別に友達なんて沢山欲しくは無いと最後に云った。友達が多ければいいという訳でもないとも。

「―――それなら、乱歩さん。私と特別授業をしましょうか」
「と、特別授業?」

 にやり、と太宰は悪戯な笑みを見せた。とても教師の鑑と紹介出来ない不気味な笑み。

「答えの無い授業がお好みと云うのであれば、乱歩さんが友達が如何なるものかという授業をしましょう。人との関係が如何いったものなのか、と」
「それは友達は居ても居なくても構わない、という答えでいいんじゃないの?」
「それじゃあ居たら如何いった利点があるのか答えられますか?」

 押し迫ってくるようにつらつらと喋る太宰に、遂に詰まってしまった乱歩。友達が居たらいい点…。

「…乱歩さん、その答えが出るまではきちんと授業に出ましょうね」
「僕は別に特別授業をするなんて云っていない!」

 乱歩は遂に立ち上がった。自分が此処で会話をする必要性なんて無いのだと思い、直ぐに帰宅しようと決める。
 だが、乱歩はまたも手首を握られてしまう。

「どうしても乱歩さんがこの特別授業を受けないのなら、今度は別の授業に切り替えますよ」

 そうして、次の瞬間―――太宰が立ち上がった時に乱歩の唇と太宰の唇が触れ合った。
 そんな経験が全くなかった乱歩は、太宰の顔を叩くように外して、手首を掴まれていようとも距離をぎりぎりまで離す。

「ど、如何してそんなに僕に構うんだよ!」
「乱歩さんが単純に可愛く見えるんですよ」
「そ、それは……」

 それは如何いう意味なのか。判りたくも無い、と乱歩は唇をごしごしと手の甲で拭いて無かった事にする。

「さて、どちらにしますか。特別授業」
「―――前者」

 こうして乱歩と太宰は奇妙な特別授業を持つ間柄へと変わった。
 あれから乱歩はきちんと授業に出る様になった。授業に出るものの、未だ睡眠時間としか扱っていないが、一先ず太宰の授業だけは起きる羽目になってしまった。

『またキスしますよ』

 職権乱用とはまた違った脅し言葉が耳に貼り付いてしまっていたのだ。
 残り数カ月の学校生活。
 友達を作り、特別授業の回答を見事与えられるのか、それを無視して卒業を迎えるのか。


 乱歩が太宰に解放されるのは―――きっと、来ない。