「……はい。それじゃあ、後で伺います」 ぼーっとしている頭の中に誰か僕じゃない声が聞こえてくる。身体も脳もまだ起きたくないと抵抗をしている中であるが、隣で携帯電話を横に持って誰かと会話をしている男の姿をぼやけるレンズで捉える。その彼の体温が同じベッドの中で共有しているおかげで僕はすっかりこの場から動けなくなってしまっている。 「……ねぇ、誰からの電話?」 「ああ悪ぃ起こしちまったか。ボスから電話が来て後で連絡を取る話になったんだよ」 そう云うと、彼はゆっくりと足をベッドから降ろしてこの場から出て行く準備をし始めた。このまま出掛ける準備でもして行ってしまうのだろうか。 「………っ!」 彼には申し訳ないけれど、僕の我儘に付き合ってもらおうじゃないか。ぐいっと、彼の腕を掴んで逃がすまいと身体を揺るがす。想定していた通りに倒れて再びベッドへ。 「…おい、何しやがんだよ!」 「まだ寒いから駄目」 僕は淡々とそう告げて彼を離さない様に力強く腕にしがみ付く。漸く身体も起床したらしい、本来の力を発揮できるまでに覚醒した。 だが、実際に彼と僕で比べれば誰もが彼に手を挙げるぐらいに彼の方が力は強い。だから本気を出して腕を振るってしまえば僕から逃げるなんて容易い。それでも、彼は僕の顔を見て溜息一つ落としていたが、そこから動かないでいてくれた。力が無ければ頭を使えばいい。彼はこういった手段を取ってしまえば折れてくれるのだなんてのは、もう熟知するまでの間柄だ。 「……後少しだけだからな」 「じゃああと24時間」 「それじゃあ今日が終わっちまうだろうが!」 「……だって、離れたら中也は帰ってこないかもしれないでしょ」 「……今までだってちゃんと帰ってきただろう」 それでも絶対なんて言葉は絶対では無い。言葉の上での絶対なんてのはただの意味も無い空っぽな言葉だ。守れない絶対もある。 彼の仕事の内容だけに不安を抱くのは不自然では無い。本来敵対している職業についている僕であるが、それは彼を監視しておくに有効な立ち位置でもある。 「…そんなに不安なのかよ」 すると、僕の首下へと顔を近づけてキスを落とす。きつく吸い付いて、このまま皮を吸い取られてしまいそうな。 「………え」 目線を下に何が起きたのか確認してみようとするが、上手く見えない。けど、彼は笑って「キスマーク」と云った。 こんなところに付けられたら誰かさんみたいに包帯でも巻かなければいろんな人に晒してしまう。それをきっと判っていてこの位置に作ったんだ。なんてたちが悪い。 僕は此処でやられて終わり、な人間では無い。 手を取り出して甲に向かって思い切り吸い付く。痕が一生残れと願いならも強く吸い付いて最後に軽く噛み付く。 「―――ってぇな!」 「ふふんっ!」 僕は満足そうな笑みを彼に向ける。勝利。手袋をしてしまう彼にとって晒してしまう心配は無いが、四六時中手袋を着用しているわけじゃ無い。きっと取り外した時に残っている痕を見て僕を思い出してしまえばいい。 しかし中也自身も負けず嫌い精神があるらしく、赤い痕がくっきりしているそこへ自分のキスを落とした。 「………間接キス」 「………っ!!」 なんで僕が赤くならなければいけない!決して僕にキスをしてきたわけでも無いのに、勝利した気分が一瞬にして崩れ落ちる。 とっくにベッドから離れていた彼は、手袋せずにひらひらと手を振って出て行った。 |