キレイだね | ナノ
 


※メリバ・死ネタ注意







「もう、死ぬんだって」

 突然乱歩さんはそんなことを云った。嘘だろ。今日は何かの嘘をつく日だろうか。そう思って確認したカレンダーはしっかりと夏の日付を見せていた。
 だったら、何か彼からのおふざけだろうかと笑ってやろうと思ったが、とても笑えない。静かにしてくださいと注意をされてしまう、病室では。 真っ白な病室。一人で独占しているそのベッドはとても直視できない。ベッドでは無く、ベッドに寝転んでいる彼を。

「…な、んで」

 漸く絞り出した笑い以外の声は思っていたよりも震えていた。身体は一切震えていないのに、なんでこんな形で動揺を見せてしまったのか。

「なんでだろうね。助かる見込みが無い程に悪化してしまった。それは、もう誰にも治せない」
「私の異能を使ってでもですか」
「病気は異能じゃない。そんなにお前の能力は便利じゃないさ」

 異能力者にも非能力者にも治せないのだ。
 こんなに私は動揺しているのに、寝転んでいる彼は驚くほどに落ち着いていた。もう悟っているのだ。命があと少しで尽きるのに、それに対して恐怖など無いという顔をしていて、私はその表情を見て苛立ちを募らせていく。

「…如何して、諦めてしまうんですか。もしかしたら名医が貴方を救ってくれるかもしれないですよ。ああ、そうだ与謝野さんが居るじゃないですか。彼女なら何でも治せる」
「それは無い。君が例え世界中を回ったところで名医と巡り合えることは無い。与謝野さんにだって無理だ。真逆僕の異能力…と呼べるものの力が此処で自分自身の先の未来を予測してしまうとはね」

 そんなの、ただの推測でしかない。未来を予知したところでそれはこのまま居たら、という仮定の話でしかない。
「そんなの、外れるかもしれないじゃないですか」
「それは僕の『超推理』に対する侮辱に値するよ。僕のこの力は絶対に当ててきた。数ある事件もぴたりと答えを導いてくれたのだから、今回もまた外しはしない」

 乱歩さんは揺るぎはしなかった。これ以上私はが発言をしてしまえばそれは彼の能力を侮辱して否定するに値するのだ。だから、何も云えずに口を閉ざすしか無かった。
 実に情けない。この目の前に居る男を幸せにしてあげられずに、絶望を悟らせてしまった。

「誰か、巻き戻してくれる異能力が居てくれれば良いのだが」
「それは、あまりにも都合がよすぎるよ。異能力は便利じゃないだろう。そんな世間は都合よく行かない」

 彼の決意は変わらない。ならば、私はこんなに何時までも悩んでいたらいけない。
 笑ってあげるのがせめてものの救いなんだろうか。

「ほら、太宰だって自殺をしたいと常々云っていただろう。自分が良くて他所の死は許せないなんて図々しい発言だ」
「そうでしたね」
「僕はお前が毎度毎度自殺まがいのことをしては不安に思っていたよ。どうせまた失敗をするのだろうと思っていながらも、もしかしたら死んでしまうのかもしれないと…想像してしまった」

 未来なんて知りたくない。だから、怖くてお前が隣に居なくなると力を制御しなければと必死になってしまった。
 乱歩さんが初めて私の自殺に対する考えを発してくれていた。
 何時も自殺に失敗して帰ると「矢張りね」なんて笑って私を見ていた彼の内面では、そんな風に思われていたのか。

「太宰は今、僕のことを同じ様に思ってくれているのかと推測すると、少し嬉しかったよ」
「…そんな時に笑わないで下さいよ」
「笑ったっていいでしょ。もう、残り少ないんだから、自由にさせてくれ」

 自由に、か。これから直ぐに死へと向かっているのにそんな人に鞭を打つ様に何かを云えるわけも無かった。
 ならば、と自殺まがいを繰り返してきた愚かな頭からこんな結論を導いてしまった。

「ならば、最後は一緒に死にましょうか」
「……え」
「そうですね、如何いった死に様に致しましょうか。私としては入水が一番いいと思うのですが、それとも乱歩さんは何か良い案はあるでしょうか」

 その時、私はどんな表情をしていただろうか。乱歩さんは私の顔を見て口をOと開けたまま閉じられずに困っていた。ああ、此処に来て乱歩さんの新たな一面を見れた気分だ。
 だが、その次に私を超えた発想を彼は運んできた。

「なら、如何しようか。最後は帯などで二人の腰を巻いてみるのも面白いかもしれない」

 正気か。一体どちらが正気でないのか。どちらも正気では無い。この場に二人しかいないのだからこれが正気なのか。
 誰も二人の会話を止められないまま、二人で入水への計画は進んでいく。
 そんな中、最後に乱歩はついに漏らした。

「……有難う、太宰」

 目から出る涙は頬を少しずつ辿ってそのままベッドのシーツに落としていく。染みを作っていく数々の涙を止める術を持たない私は落ちた涙の跡を指で触れる。













『私は乱歩さんを愛しています。唯我独尊で気高い彼の性格はまさに私の調子のいい性格を上回る人物に見えて、憧れを抱いていました。そこから彼の内面を知っていくうちにそれが恋情へと変わって憧れから愛しさへ。そんな彼がいなくなるこの世を憎み抗ってしまいたい気持ちを持ちはしたが、彼がその世界を受け入れたとあれば、それを憎むのも止めてただ彼の最期を共にしたいと考えた結果です』

『僕は太宰と最期を迎えられたことを……







「国木田さん、それは何ですか」

 川辺に警察官が数十名ほど集う。それとはまた別に数名の集団が川から吊り上げられたモノに興味を持つ。

「…これは病室に置かれていた乱歩さんと太宰の遺書だ。残念ながら、二人は最後に病室を出て川辺に入水自殺した印がここに残されている」

 国木田は賢治の問いかけに簡潔に答える。
 それを訊いた賢治もそれ以上何も云えずに、苦い表情で誤魔化す。
 警察は今朝からずっと川に何人もの人員を割いてそのまま彼らを捜していたのだ。もう助からないと何人もが諦めていたものの、それでも乱歩に恩義を感じていた人たちが颯爽と川に飛び込んでいく。
 そのおかげで、午前の間に二人は見つけられた。

「乱歩さん…太宰…」

 二人を見た探偵社の一員らは、あまりにも白く成り替わっている様を見て目を逸らしたくなりもしたが、それでも動けなかった。現実を受け入れなければならないと、心の奥底で強く思っていたのだ。

「なんで死んでしまったんだ。そんなに二人で結びつけながら」

 冷たくなった身体はもう何も機能していない。与謝野の異能力も死人には何も効力が無い。
 賢治も幼いながらに、しっかりと二人の死に顔を見る。惜しんでいる人々に囲まれながらも、それでも二人のくっついている様を見て微笑んであげる。

「綺麗な顔をしているじゃないですか」

 最善でなくとも、彼らは末路を選んだのだ。