「大好きだよ」 その言葉がどんなに真っ直ぐではっきりとして判りやすい言葉なのか。はっきりと伝えられればそれだけ相手も後の行動に素直になることが出来るのではないかと私は考えている。 だから、好きか嫌いか判らない曖昧な言葉を使われてしまえば、こちらもまた心境を読み込んで想像しなければならない。 「僕、も…太宰の事が好きだよ」 私の元に一つの依頼が舞い込んできた。美白で美脚で美顔の持ち主。彼女が、私を探偵と知って話を進めてきてくれた。 勿論、素敵な女性なのでその話の内容にはよるが、即行で依頼の中身を訊く場面にまで発展していって依頼を引き受けようと考えていた。 「……なるほど」 話を訊くに、彼女はとある片恋を続けているのだという。二人の関係性を訊くと、ただのとある店の店員とその客と薄い関係性であった。客として彼女が来店する際にはすっかり顔を覚えられており、会話も数回世間話をしたぐらいにまで進んでいるのだという。 彼女は、彼と出掛ける為のきっかけを作りたいとのことだ。 此処まで話の詳細を訊いて判る様に、別に武装探偵社にやってくる依頼にしては実に幼稚なものであり、異能など使用する場面も無い。 実に探偵らしいじゃないか。 しかし、この内容を訊いて私は依頼を無下にするなんて出来なかった。 「素直に言葉にすればいいのに」 此れはあくまで一個人として感想を述べさせてもらった。 すると彼女はこう云った。 『素直に云えないから、少しずつ彼に好かれるように近づいて魅了していくしか出来ないんだよ』 と。 彼女の見た目からして様々な人を魅了させているのではないか、と勝手に手練れの人間だと判断してしまっていた。彼女は未だにそう云った経験が無いという。恥じらいながらも素直に私に対して話をしてくれた。 「…判りました。貴方の片恋相手の特徴やら好みを調査して、それに合わせてプランも立てて行けばいいのですね」 私の頭の中では既に如何いった手段を使用して相手の存在を知って行こうかと考えていた。 異能を使用しないと云っていたが、前言撤回としよう。 彼の異能―――『超推理』を活用していこう。 それで時間も短縮することが出来るのだ、と私は短絡的な考えをしていたが、彼がこんな依頼に対してやる気になってくれるのだろうか、との不安はあった。 数時間後に乱歩さんが事件現場から帰社してくれたので、直ぐに話の道筋を伝えた。 すると、予想外な回答が来た。 「いいよ」 あっさりとしていた科白。 「あ、あれ。乱歩さんやっていただけるのですか。自分から話しを持ち掛けてしまっておいて、大変驚いてしまい失礼しましたが、それでも余りにも即決だったもので」 「…まぁ、仕事面においてはあまり乗り気では無いけれども、彼女の心境を考えたらさ」 ―――何か共感出来たんだ。 彼は最後に意味深な発言をしてみせた。 その言葉を敢えて私は何も訊かなかったことにしておく。話を更に詳細に済ませて、一度その店に来店して店員の姿を拝見したらいいのではないかと私が提案した。素敵な喫茶店であると情報を提示すると、彼は甘い物に目が入ったらしく、明日に決行しようとこれもまた即決となった。 そうして一通り彼女から云われた情報を共有して、乱歩さんは頭の中に叩き込んでいた。名探偵は依頼主の写真を、眉間に皺を寄せて無言で見つめていた。 彼が一個人をそこまで熱心に見ているなんて実に珍しい。その熱視線に少し嫉妬してしまいそうになったので、私はある言葉を出した。 敢えて訊かなかった言葉を。 「乱歩さんは、彼女の何処に共感したのですか?」 「―――なに?」 「先程、彼女に共感したからこの依頼を引き受けて下さったのだと云ってくれました。その共感部分を教えて頂ける範囲で話していただければな、と思いまして」 すると、乱歩さんは下唇をきつく噛み締めて黙りこくってしまった。こんな恋情に彼が共感する部分が一体何処なのか、興味がそそられる。 ―――本当は知っているくせに。 数分の沈黙が流れてしまい、こちらもだんまりを決めているのに耐えかねて口を開いてしまった。だが、それよりも先に乱歩さんもまた痺れを切らして少しだけ話してくれる姿勢を見せてくれた。 「…彼女が素直に慣れない気持ちだよ」 「乱歩さんが素直に?」 あんなに自由奔放な彼の姿を見て誰がそんな彼の一面を想像できただろうか。私にも出来なかっただろう―――以前の私ならば。 「彼女は素直に告白できないから遠回りをしてでも彼に好意を示したいんだというその考えに何となく自分を照らしてしまったんだよ」 彼は此方から視線を外して、何の変哲も無い天井を眺めていた。 「素直に云えないんですか?「好き」の二文字を口にすればいいんですよ」 「…そんな軽々しく行われてしまえば、その言葉もただの言葉に過ぎないよ。重くも無くて風に飛ばされて鬱陶しいものでしかなくなる。鬱陶しい言葉に愛を乗せるから「好き」は成り立つんだよ」 決してこちらに顔を向けてはくれないが、それでも彼なりの恋愛論というものを初めて訊けて嬉しかった。乱歩さんでもこんな風に考えたりしているのか、なんて口にしたら失礼だと罵られてしまいそうなので、口にテープを張っておくが。 「……だから、乱歩さんは云ってくれないんですね」 「え、なんて?」 私の言葉は乱歩さんの元へ届きはしなかった。小さくて軽々しい言葉だったので、直ぐに空気に消されてしまったのだ。そうなるように発したので「何でもない」と伝えて、違う話題へとすり替える。 「喉が渇きませんか?良ければ何か用意しますよ」 彼がこちらを向かないので私もまた彼から離れる。 ご所望のジュースを用意して彼の元へ再び訪れる。 すると、今度はしっかりと視線を合わせてくれた。一瞬目が合ったのは、直ぐに逸らされてしまいはしたが。 でも、乱歩さん。私は知っているんですよ。 貴方が私を好きだなんてことは。それを口にしてはくれませんけど、それでも近づいて好意を寄せてくる姿勢に何時からか気づいて、貴方を観察していてほとんど確信に近づいてきている。 だけれども、彼は気付かれているとも知らずに、相変わらず私との距離を一定に保ったままで。まさに依頼主の共感した彼そのものも、また同じことをしているのだ。 私に少しずつ近づいてきて、反応を示す一部一部がとても可愛らしくて。私はそれに対して頬を緩めて彼を待っている。 でも気づいていないんでしょうね。肝心な部分が。自分が必死に好かれようと努力して、相手からの好意に鈍くなっている。 本当なら私が「大好きです」と一言伝えてしまえばそれで終わるのだろうけれど、それは絶対に云ってあげるつもりは無い。 今回依頼主を引き受けて、其処に乱歩さんを巻き込んだのは誘導ですよ。少しでも貴方から口にしてくれないかと、待っているんです。 だから、早く口を開いてください。 ―――今は駆け引き中。 |