03.たとへば狐の革裘


自分が人間であることを

こんなに恨むとは思わなかった。



人間である私は、

あなたの足手まといにしかならない。


それでも

この想いがかなわないと知った夜から、

ずっと、あなたの隣を夢に見るの。





空が薄く白むなか、

あなたは、この京より北へ発つ。

東の鬼の娘である雪村千鶴を追って。


私はそんなあなたを、

ただ、戸口から見送ることしかできないのに。



千景に拾ってもらって、もう何年になるのだろう。

新撰組と遊ぶためにこの京へ来たというのに。


気付いたら、自分の命までかけて

新撰組と戦ったりちゃってて…。



ただ、毎日あなたの帰りをまつ人間がいるとも知らずに。






笠を手に、千景が立ちあがる。



あぁ、もう行っちゃうんだね。


別れの刻限が迫る。


「行ってくる」もなにもなしに、

微かに明るい京の街へ踏み出す千景。



思わず戸口に出て、その背中に呼び掛ける。


「千景!」

千景が振り返った。

笠に隠れて眼がみえない。



「なんだ」


その声色はいつもの不機嫌そうなものではなくて。



「生きて………

 生きて、必ず帰ってきて……」


「当然だ」

その口元がかすかにつりあがる。



あぁ、あなたはまたそうやって

私をここに縛り付けて、離さない。






たとへば狐の革裘
(その言葉が、嘘か真かなんてどうでもいい)






たとえ、あなたがここに戻ってきたとしても

もう二度と、私も見てくれないことくらい、知ってる。



それでも、

愛してる、から。




<汚れちまった悲しみに…  第3弾  たとへば狐の革裘>