感情論 | ナノ



04.おしろいばなのきみ




保健室とプレートのかかったドアを引く。

中には案の定、汚い机で仕事をする琥太郎先生がいた。



「どうした、直獅」


いつものごとくけだるそうな声。


「少し、聞きたいことがあって…」


俺の言葉に違和感を感じたのか、
ペンを止めて顔をあげる。


「なんだ?」

「……………神田、のことなんだが…」

「神田、飛鳥…か………」


その名前だけでなにか思い当たる節があるのだろう。

少し長くなる、と席を立ってお茶を淹れてくれた。

琥太郎先生は自分の机に、
俺は近くに会ったソファーに腰を下ろす。


少しの沈黙の後、琥太郎先生が重く口を開く。


「誰から、聞いた?」

「え?」

「神田飛鳥のこと、俺に聞けって」

「……犬飼から」

「あいつか…。今朝、直獅ここに来たか?」

「…っっ!!………あぁ…2人でいるところを見た」



「それでか。…犬飼から、なにをきいた?」

「なにも」

「なにも話せない、と?」

「あぁ」




小さく、息をつく琥太郎先生。

やっぱり、琥太郎先生もなにか知っているんだ。


「直獅……どうして知りたい?」

"どうして"…?


「クラスは違えど、神田も犬飼も俺の生徒だ。
 間違った所へ行くなら、俺は止めたい」


それが、教師としての正しい道だと俺はおもう。

ふいに琥太郎先生が窓の方へ視線をやる。


もう桜の散った空は、すがすがしく晴れていた。




「あいつらは、間違わないよ」


確信をもった、言葉だった。


「けど……神田たちは…」

「間違えているのはあいつらじゃない。
 正解を隠す、世界の方だ」

「世界………」

琥太郎先生の言いたいことが、
俺にはまだわからない。


「そうだ。…ところで直獅。
 神田になにを言われた?」

「…っっ!!?」

なんでこうお見通しなのだろうか、この先生は。


「話してみろ。
 それもひっかかりの一つなんだろ?」

「…なんでわかるんだよぉ」

「保健室の"せんせい"だからだ」


やわらかい声つき。

この人になら、相談できるのもわかる安心感。



「……全力で落としに行くから覚悟しろ、って…」

「すまん、話がまったくみえてこないんだが…」

「…だよなぁ」

俺だって、理解できていない。
深いため息と一緒に、今朝のことを琥太郎先生に話す。


「あいつ笑うんだ。すっごい淋しそうに……。

 なぁ、琥太郎先生!あいつら、なにを抱えてるんだ?
 俺、わからなくなってきてる…」




神田の自嘲的な笑み、
犬飼の冷たい眼。



何もかもが、俺の知らないものだった。


琥太郎先生の目が、何かを躊躇するように暗く翳る。




「直獅……、頼みがある」

「頼み…?」


「あいつを……飛鳥を、頼む」


「??…どういうことだ、琥太郎先生」


真意のつかめない言葉に戸惑う。



「俺から話していいことじゃない」

また、その台詞。

犬飼とおんなじだ。



「時が来れば、きっとわかる…。

 それまで、神田のことを頼む」



そういう琥太郎先生も、どこか淋しそうだった。







04.おしろいばなのきみ
(間違えたのは、世界だという。)







111123

琥太郎先生は、
ほとんど全てを知っている、
よき理解者である
保健室の"せんせい"です。