はろ、はぴ | ナノ



15.きみに安息を。




「失礼しまーす」


あたたかい昼下がり。
のどかな六月の末。

保健室の扉が開く。


扉の先には、壁に手をついている飛鳥の姿。


「飛鳥?」
「…ベッド、…貸してくださ……い…」


飛鳥の体がおおきく傾く。

「ったく……。また寝てないのか」


ふらふらと揺れる体を、
壁に手をついて支え歩いてくる。


「だか、ら…ちゃんと保健室きたんじゃないですか」
「こんなになるまで、ほうっておくなっていってるだろう。
 ……はぁ…今度は、何日寝てないんだ…」

「…まともには………1週間…くらい…?」

「……見ているのか?」

「ううん。……黒いもやもやだけ」


足元も覚束ない彼女の体に手を回し、
支えながらベッドへと寝かす。


「ありがと、ござ…いま、す……」

「気にするな。とにかく今は寝ていろ」



眠りの海へまどろんでいく飛鳥。


腕の中には保健室に常備しているお気に入りの抱き枕。





飛鳥は、重度の不眠症だ。

眠りづらいのではなく、眠れない。
1日のうちに、2時間も眠れればいい方。

不規則な眠りにしかならず、
精神と身体の欲求のバランスが崩れやすいので、
こうして、ガタがきそうになると保健室へくる。


彼女自身、慣れきったとはいっているものの成長期の体には、負担がすごく大きい。

医者のはしくれとしては、せめて毎日6時間は眠ってほしいものだが、彼女が眠れない理由も知っているので、そう簡単には言えない。




静かにドアが開く。

また、サボりの教育実習生だ。


「琥太にぃ、いるぅ…?」

「静かにしてろ」


その言葉と閉じられたカーテンで察したのか小声で近づいてくる。



「飛鳥ちゃん?」
「あぁ。今ぐらい寝かせてやれ」
「わかってるよ」






15.きみに安息を。





薄く陽の光を遮るカーテンが揺れる。

 
飛鳥の吐息だけが空間を占める。






140512