タオルの中身、浪漫遊覧


カコーン…と桶を石床に置く音が壁に反響して響く中、カカシは腰にタオルを巻いて椅子に腰掛ける。
辺境の地の宿ではあるが、それだけに良い温泉が湧いていた。
建物も質素で飾り気はなく、設備もまた簡易的なものであるが、それもまた一層自然を感じられて、温泉の効能を引き立てているようだ。
当然、露天風呂もあり、室内からガラス張りで外が見える作りになっており、ドア1枚で外へと出ることが可能である。
本来ならばカカシは今現在、1人この環境を満喫しているはずであった。

「カカシ様、お背中お流しします」

だが、同じく裸体にタオル1枚の姿で背後から朗らかな声をかけて来たジュウオウジャー鷲ピンクの存在に、カカシはガックリと項垂れた。
しずしずといった謙虚な姿勢なのは良いが、場所が場所であれば格好も格好。
振り向かずとも、カカシにはジュウオウジャー鷲ピンクが今どんなに晴れやかな顔をしているのか鮮明に予想することが出来た。
どうやら背後に座ったらしく、カタンコトンと音を立てているところから察するに石鹸等を準備しているらしい。
つまり、本気で自分の背中を流す気でいるのだと諦めに近い気持ちでカカシは口を開いた。

「君、嫁入り前の娘さんでしょーが。介護でもしてるつもり?」
「失礼な!介護なんて歳じゃないじゃないですか!私の大事な人に何て失礼な事を言うんですか!?謝って下さい!」
「いや、そんなつもりは…悪かっ、」

た……と言い切る前に、自分が謝ることは流石におかしいと気が付いたカカシだったが、そのまま口を閉ざした。
生憎、こういう言い合いに労力を使うほどのエネルギーは持ち合わせていない。
しかしながら、ついつられてしまったことに僅かながらも口惜しさを覚える。
若い勢いを目の当たりにすると、自分の老いが際立つのだが、不思議と不快には思わない。
逆に、エネルギーを補給されているような気にすらなっていた。
上手いこと懐柔されてしまっているという自覚はあるが、カカシはこのまま敢えて流されるような狡猾な男ではない。
幾通りもの選択肢を持つ女の未来を摘み取ることに快感や悦を覚えるような外道でもない。
そしてジュウオウジャー鷲ピンクも、決して浅はかな女ではないし悪巧みを企てるような女でもなかった。
ただ純粋に、ひたむきにカカシへと想いを寄せているだけ。
だからこそカカシはその扱いに、ほとほと頭を痛ませているのだ。

「あーっ!どうして自分で洗い始めるんですか。私にさせて下さい」
「君にさせたら、どさくさに紛れて何をされるかと思うとね。のんびり疲れも取れないのよ」
「そんな…それでは私がここに居る意味がなくなってしまいます…。なら、カカシ様が私の身体を洗って下さい!」
「………」

さぁ、どうぞお好きなように。と、まるで悪代官に金と引き換えに身体を捧げる覚悟をした町娘のような決死の表情でジュウオウジャー鷲ピンクは立ち上がると、胸の膨らみの上に巻かれたタオルに手を掛けた。
待て待て待て落ち着け、とカカシは片手を上げて制止する。
もう片方の手は、己の額に当てられていて、悩ましげに頭を左右に軽く振っている。
これが冗談ならば良い。
しかし、本気でやってのけることを、これまでの経験上知っているカカシは放置することは出来ないのだ。

「何にもしないって約束出来る?」
「勿論です!カカシ様の嫌がることは誓ってしません」
「本当だろうね?」
「もうっ、恥ずかしがらなくて良いですから私に身を任せて下さい」

ささ、前を向いて。とカカシの肩に手を置いて前を向かせる。
これでは立場が逆だとげんなりするカカシを知ってか知らずか、構わず肌に触れる細く柔らかな指。
持ち主の持つ気性を考えると信じられない程に華奢で繊細だ。
その一方、カカシの肩ひとつ取っても筋肉で盛り上がっている逞しさに、ジュウオウジャー鷲ピンクは胸をきゅんと縮ませている。
泡をたてて手を合わせて両手につけると、そっと背中に添えて泡を伸ばしていく。
つるつるした感触の他に指に伝わる感触は、カカシが現役時代に作った無数の傷。
それはおびただしい数だった。
つい、洗うという目的を忘れてカカシの傷を一つ一つ指先で触って確かめるジュウオウジャー鷲ピンクの目は物憂げだ。
これが――カカシを形作って来た、カカシの歩んだ道の方影。
カカシの身体は、確かにジュウオウジャー鷲ピンクよりは随分と大きい。
身長も肩幅も胸板も腕も手も足も。
だが、1人の人間の大きさでしかない。
たった1人で、様々な重責と戦って来たのだろう。
仲間は仲間だけれど、それは親や妻や恋人とはまた違う。
そういう意味で、カカシは孤独を選んだのだ。

「カカシ様……あ、」

堪らずぴっとりと背中にくっついたジュウオウジャー鷲ピンクの首の根元を、カカシは片手で掴んでベリッと剥がした。
素肌に触れるその力強い手、それだけでジュウオウジャー鷲ピンクの胸はときめきを覚えてドキドキ早音を打つ。
ジュウオウジャー鷲ピンクは祈るように両手を胸の前で組んでいる。
タオルの下は柔らかな白い肌が谷間を作って男を呼んでいる上に、見上げる潤んだ目。
これが作為的な行いであるならば、多少、道徳から外れたことをしてでも追い払えるのだが…とカカシはジュウオウジャー鷲ピンクを見下ろすが。

「あっ、丁度良いので前の方も洗いますね」
「待った、なにタオル剥がそうとしてんのよ」
「剥がさないと洗えません!」
「そもそも頼んでないから、洗わなくていーよ…と言うか、頼むから。その手を離しなさい」
「えー…頼む立場の人が命令してますけど?」
「何で君は上から目線なの?」

心底、残念だという顔をするジュウオウジャー鷲ピンクを前にしては、そんな気も削がれてしまうのである。
一体なにが丁度良いんだ…全く、この娘は…と苦笑すらしてしまいそうになって、カカシは緩む口元を引き締めた。
しかし、ジュウオウジャー鷲ピンクには少しの隙でも見せてはならないのだということを、太腿を泡で洗っていた手が自然な動きで股間に滑り込んで来たことで思い出した。
カカシは慌ててジュウオウジャー鷲ピンクの手首を掴む。

「いやいやいや、待ちなさいよ君。その手はどこに行く気?」
「やだカカシ様ったら…恥ずかしいことを、あえて言わせるプレイですか?」
「言うのも恥ずかしいなら、何で触ろうとするかな」
「そこにあるから、触る。それだけです」

そう自信満々に言ってのけたジュウオウジャー鷲ピンクにとっては、そこに山があるから登るのと同じ感覚なのだろう。
とても信じられないが、今はそんな些末なことはどうでも良い。
一先ず、この手をどうにかしなければ。
カカシは掴む手首を押し返そうとするが、対するジュウオウジャー鷲ピンクは一歩も引かずに力を込めて来ている。
ギギギギ…と力が拮抗して、互いの腕がぷるぷる震えている状態である。

「あのさ、オレのこと放っておいて欲しいんだーよね。君にも生活があって待ってる人も居るでしょー?」
「家族のことでしょうか?父には玉の輿を期待され、母には既成事実を作って来いと言われました」
「あー…もう本当に頭が痛いよ…」

こんなに頭を悩ませたのは火影でいた時以来だ。
いっそ、一度抱いてしまえば良いのだろうかとも思う。
手酷く抱けば、ジュウオウジャー鷲ピンクは懲りて逃げ出すのではないかと。
カカシがそう思ったことは、1度や2度ではない。

「ジュウオウジャー鷲ピンク」
「はい…」
「ちょっと、おいで」
「え?あ、」

名前を呼んでもらえたことに、照れくさそうに頬を染めるジュウオウジャー鷲ピンクの手を引き、腰を支えてカカシは自らの足の上に乗せる。
視線を合わせてじっと見つめると更に顔を赤らめて、今さっきまでが嘘のようにしおらしく静かになった。
泡が飛んだのだろう、鼻の頭や頬に小さな泡が乗っていて、まるでケーキのようだとカカシは微笑ましく思った。

「君は、オレに抱かれたいの?」
「…はい…それは、勿論です」
「それだけでも?」
「え?」
「君を抱いた後に、金を渡したらどー思う?」
「…え…」

赤らんだ顔が徐々に青褪めて行くのをカカシは、ただ見据える。
恐らく、これまで酷い目に遭ったことがないのだろう。
遭ったことがあるとしても、それはカカシにとっては些細なこと。
くの一の女達など、ジュウオウジャー鷲ピンクが想像も出来ない程、過酷な経験を山ほどしている。
男のカカシとて、酷くする手段は幾多も持っていた。

「もっと、自分を大切にしなさいね」
「………」
「オレだけじゃなく、男を甘くみたら駄目だーよ」
「………」
「分かった?分かったよね?分かったなら、さっさと降りてね」

よっこいしょとジュウオウジャー鷲ピンクの腰を両手で掴んで、自らの足から降ろそうとしたカカシの首に巻きつく白い腕。
押し付けられる、柔らかな双丘。
どうやら全く分かって貰えなかったようだ、と。
次に目蓋を開ける時、そこにはこれまでのカカシは居ないだろうと決意しながらカカシは目蓋を閉じた。
もう、ジュウオウジャー鷲ピンクが拒否しようが泣こうが仕方ない。
カカシが、ゆっくり目蓋を開けようとした時。
ぽつりと落とされたジュウオウジャー鷲ピンクの声は、やけに落ち着いていた。

「馬鹿にしないで下さい。私はカカシ様からお金を受け取ったりなんかしません」
「…そーゆう意味じゃないんだけどね。まぁ、もういーよ」
「分かってますよ、そのくらい」

いつもの無邪気な笑顔とは、打って変わった、女の顔。
切なげな、儚い微笑みにカカシは目を見開く。
一回り以上も離れてる歳下の女のはずが、まるで子供を宥める母親の様な顔をしている。
一瞬、時間が止まった。
何らかの術にかかったかのように、カカシは目の前の女から目を離せない。

「全部分かってますから…大丈夫です」

慈愛に満ちた、全てを受け入れているかのような、その面持ち。
これが、ただの女に出来る顔だろうか。

――突如、木々が突風でザワザワと葉と葉を擦らせて揺れ、その中から黒い影が飛び出して来た。
放心するカカシの上からジュウオウジャー鷲ピンクは、あっ!と声を上げて降り立つ。
急に駆け出したかと思えば立ち止まり、カカシを振り返るとはしゃいだ様子で捲し立てる。

「猿!カカシ様、野生の猿です!」
「………は?」

猿の気配に気付かないなど、いくらなんでも呆け過ぎだとカカシは自分で呆れ果てる。
挙句、カカシの腰に巻かれたタオルを素早く飛び跳ねる猿に取られようとは。
露わにされたカカシの下半身を前に「きゃーっ!」と両手で顔を隠すその指の間からは、しっかりジュウオウジャー鷲ピンクの両目が見えている。
やはり、先程のジュウオウジャー鷲ピンクの顔が女神のように見えたのは、この湯けむりのせいだろうと。
カカシは、納得した。





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