「ゆず乃、そろそろ討伐の仕事に行きたまえ。サボリ過ぎたネ君は」
マユリが不気味な顔で、実験をしているゆず乃の背後に立つ。
ゆず乃は手元から目を離さずに、軽く息を吐くと「分かりました」と言う。
最近ずっと、こんな調子のゆず乃にマユリは眉を寄せる。
ゆず乃は、大抵は実験室に篭もりっきりなのだ。
一体、何を実験しているのか。
マユリは本気を出せば簡単に調べることが出来るが、無駄に力を使う程に興味がある訳ではなかった。
なので、気になってはいるものの調べることはせずに、終わるのを待っていた。
フンッとマユリは、横目でゆず乃を見ながら部屋を出た。
マユリが出て行ったのを確認したゆず乃は、椅子へもたれ掛かる。
「はぁ…」
ゆず乃は指で目頭を押さえる。
疲れていた。
早く完成させたいという思いと、完成させてしまったら自分はどう変わってしまうのだろうという思い。
その2つの思いの間で、ゆず乃は揺れ動いていた。
「仕事…行くかぁ」
溜め息混じりにそう呟くと、ゆず乃は斬魄刀を手に取り立ち上がる。
気分転換にもなると、気合を入れて現世へ向かった。
久しぶりに降り立った現世は、変わった様子もなくゆず乃を安心させた。
変わらないものがあるということは、どうやら人に安心感をもたらすらしい。
「さてっ! 虚はどこかなぁ〜」
ゆず乃は辺りを見回し、気配を探る。
どうやら3匹が同時に現れているらしい。
群れをなす虚の大抵は弱い者ばかりなので、ゆず乃はすぐに終わると確信する。
位置を確認すると、ゆず乃は飛び立った。
「見つけたっ」
虚は、女の子を襲っていた。
泣いて震える小さな女の子。
弱い虚に限って、子供と魂が美味しいだの泣き叫ぶ姿が良いだのと言って集中的に狙う。
ゆず乃は、それが許せなかった。
「とうっ!」
子供の恐怖心を少なくする為に、明るい調子でゆず乃は降り立つ。
女の子ににっこり微笑みかけると、女の子は目を丸くして驚いていた。
「…お姉ちゃん…誰?」
「私はね、優しい死神よ」
そう言うと、虚に向かって走る。
予想した通り虚は弱かった。
あっという間に全ての虚を倒すと、再び女の子に向き合う。
「もう大丈夫よっ」
微笑みながら手を差し伸べると、女の子はゆず乃の手をじっと見つめた。
そこでハッと気づく。
「そうか…そういえば触れないのよね」
そう言って苦笑すると、女の子はやっと笑った。
まだ目に涙を浮かべているが、安心した顔だ。
それを見てゆず乃もまたホッとする。
「お姉ちゃん、ありがとうっ!」
「良いのよ、お姉ちゃんは正義のヒーローだから!」
2人が仲良く話していると、突如。
全身の毛穴が開くような感覚に襲われる。
「……!」
間違いなく、虚だった。
しかも強い。
ゆず乃がそう感じたのと同時に、腹部に激痛が走る。
虚が向かって来たことは分かっていたのだが、女の子のことも考えてゆず乃は動きが遅れたのだった。
女の子の叫び声がする。
「…っ…に、逃げなさ…い…!」
ゆず乃は、激痛を堪えてそう叫んだ。
そして、意識を失った。