紫陽花 Ajisai     儚幻 10

「…という訳で、私は話さないわよ」


いつもの中庭で、ゆず乃と乱菊は向かい合う。
ゆず乃の、決意で固まった表情を見た乱菊は、ゆっくりと口を開いた。


「…自分を試す…か」


乱菊は、力が抜けたように椅子へもたれ掛かった。
そして笑った。
ケラケラと、楽しそうに。
そんな乱菊をゆず乃は驚いて、唖然とする。


「やるじゃない、ゆず乃」
「…え?」


ゆず乃は、まだ唖然としたままだ。
そんなゆず乃の両肩を乱菊はガシッと掴む。


「やっぱり、あんたはそうでなくちゃ! 自分の気持ちのままに突っ走って、絶対に止まらない」
「…確かに…そうかも」


ゆず乃は苦笑する。
自分で分かっていても、人に言われるとどうも駄目な性格に思えてしまう。
しかし乱菊は、そんなゆず乃が大好きだから。と柔らかく笑う。
ゆず乃は、良い友達に恵まれたことを誇りに思った。
自分は、この素敵な友人達に一体何が出来るだろうか。
今まで数多く、世話になった。
この感謝の気持ちを、どう伝えれば良いのか分からない。
ありがとうなんて、そんな一言では足りない。
それ程、感謝の気持ちは大きかった。


「乱菊、ありがとう…。何があっても、ずっと友達だからねっ!」
「当たり前でしょ! 今更…」


そう言って、ゆず乃は乱菊の大きな胸に沈められた。
安心感を感じるものの、やはり酸素も必要で。
ギブアップをしたのは、その直後だった。


「ぷはぁっ…! はぁ、はぁ…」
「大げさねぇ、ゆず乃は」
「あんたの胸が大げさなのよ」


ゆず乃が笑うと、乱菊も笑う。
それから、しばらく2人は意味もなく笑い合っていた。

そして、乱菊は乱菊で思うところはある。
ゆず乃の失った記憶を知っている自分。
どれだけ大きな想いで、どれだけ大切だったか知っている。
それを、いくら操作されていると言っても失ったことには変わりない。
その喪失感が、自覚がないとしても何かしらの形で出ているのかもしれない…と理解していた。
もし本当にそうだったとしたら。
自分が出来ることは、見守って応援すること。それだけだ。
乱菊は、穏やかに笑うゆず乃を見てやり場のない思いを感じた。


ゆず乃は、実験の為…いや、自分の為に手を尽くした。
マユリの研究資料を隠れて漁ったり。
過去の資料を、手当たり次第に探した。
そんな中、やはり浦原の研究は素晴らしいもので。
ゆず乃には想像もつかない方法や材料で、沢山の開発をしていた。
部下であった時期があるにも関わらず、ほとんど浦原の本当の凄さを知らなかった自分に苦笑する。

きっと、浦原から見ると普通の死神は話にもならないと感じていただろう。
ゆず乃は、悔しさからなのか、尊敬からなのか、自分の気持ちが燃え上がっていくのを感じた。


ゆず乃が挑戦している実験は、途方もなく時間がと手間がかかる。
焦っている訳でもなかったが、出来ることなら急ぎたい。

誰にも知られない内に完成させたかった。


「うわっ…!」


大きな爆発音と共に、部屋を煙が充満する。
その煙が目に染みて、ゆず乃は目を押さえた。


「痛ったぁ〜…。もう、本当に私はグズね」


溜め息を吐くと、ポツリと呟いた。
これでは、マユリどころか誰の役にも立たないのではないか。
そんな思いを振り払い、再び実験に挑む。
ゆず乃の頭の中には、諦めという文字はなかった。


そして時間は過ぎていく。
ゆず乃にとって。
更に、他の多くの人を巻き込んでの事件が起きようとしていた。


運命というものは、時に残酷で。

時には、最大の喜びを与える。


そして、その運命というものは。
果たして、初めから決まっていることなのか。
それとも自分で切り開いていくものなのか。
誰にも分からない。

分かっていることは、ただ1つ。


訪れた運命は、受け入れなくてはならないということ―――。




戻る

押してくれると嬉しいです(*^^*)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -