「…という訳で、私は話さないわよ」
いつもの中庭で、ゆず乃と乱菊は向かい合う。
ゆず乃の、決意で固まった表情を見た乱菊は、ゆっくりと口を開いた。
「…自分を試す…か」
乱菊は、力が抜けたように椅子へもたれ掛かった。
そして笑った。
ケラケラと、楽しそうに。
そんな乱菊をゆず乃は驚いて、唖然とする。
「やるじゃない、ゆず乃」
「…え?」
ゆず乃は、まだ唖然としたままだ。
そんなゆず乃の両肩を乱菊はガシッと掴む。
「やっぱり、あんたはそうでなくちゃ! 自分の気持ちのままに突っ走って、絶対に止まらない」
「…確かに…そうかも」
ゆず乃は苦笑する。
自分で分かっていても、人に言われるとどうも駄目な性格に思えてしまう。
しかし乱菊は、そんなゆず乃が大好きだから。と柔らかく笑う。
ゆず乃は、良い友達に恵まれたことを誇りに思った。
自分は、この素敵な友人達に一体何が出来るだろうか。
今まで数多く、世話になった。
この感謝の気持ちを、どう伝えれば良いのか分からない。
ありがとうなんて、そんな一言では足りない。
それ程、感謝の気持ちは大きかった。
「乱菊、ありがとう…。何があっても、ずっと友達だからねっ!」
「当たり前でしょ! 今更…」
そう言って、ゆず乃は乱菊の大きな胸に沈められた。
安心感を感じるものの、やはり酸素も必要で。
ギブアップをしたのは、その直後だった。
「ぷはぁっ…! はぁ、はぁ…」
「大げさねぇ、ゆず乃は」
「あんたの胸が大げさなのよ」
ゆず乃が笑うと、乱菊も笑う。
それから、しばらく2人は意味もなく笑い合っていた。
そして、乱菊は乱菊で思うところはある。
ゆず乃の失った記憶を知っている自分。
どれだけ大きな想いで、どれだけ大切だったか知っている。
それを、いくら操作されていると言っても失ったことには変わりない。
その喪失感が、自覚がないとしても何かしらの形で出ているのかもしれない…と理解していた。
もし本当にそうだったとしたら。
自分が出来ることは、見守って応援すること。それだけだ。
乱菊は、穏やかに笑うゆず乃を見てやり場のない思いを感じた。
ゆず乃は、実験の為…いや、自分の為に手を尽くした。
マユリの研究資料を隠れて漁ったり。
過去の資料を、手当たり次第に探した。
そんな中、やはり浦原の研究は素晴らしいもので。
ゆず乃には想像もつかない方法や材料で、沢山の開発をしていた。
部下であった時期があるにも関わらず、ほとんど浦原の本当の凄さを知らなかった自分に苦笑する。
きっと、浦原から見ると普通の死神は話にもならないと感じていただろう。
ゆず乃は、悔しさからなのか、尊敬からなのか、自分の気持ちが燃え上がっていくのを感じた。
ゆず乃が挑戦している実験は、途方もなく時間がと手間がかかる。
焦っている訳でもなかったが、出来ることなら急ぎたい。
誰にも知られない内に完成させたかった。
「うわっ…!」
大きな爆発音と共に、部屋を煙が充満する。
その煙が目に染みて、ゆず乃は目を押さえた。
「痛ったぁ〜…。もう、本当に私はグズね」
溜め息を吐くと、ポツリと呟いた。
これでは、マユリどころか誰の役にも立たないのではないか。
そんな思いを振り払い、再び実験に挑む。
ゆず乃の頭の中には、諦めという文字はなかった。
そして時間は過ぎていく。
ゆず乃にとって。
更に、他の多くの人を巻き込んでの事件が起きようとしていた。
運命というものは、時に残酷で。
時には、最大の喜びを与える。
そして、その運命というものは。
果たして、初めから決まっていることなのか。
それとも自分で切り開いていくものなのか。
誰にも分からない。
分かっていることは、ただ1つ。
訪れた運命は、受け入れなくてはならないということ―――。
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