紫陽花 Ajisai     紫の雨 9

そんな変わらない日々が続いていたある日、ゆず乃は今日が喜助の誕生日だということを思い出す。

ある時の喜助の誕生日に、渡せなかったプレゼント。
それを、ゆず乃は今でも持っていた。
何度捨てようとしても、捨てることが出来なかったプレゼント。
今度こそは、新しいプレゼントと一緒に渡そうと思っていた。


「プレゼントかぁ〜、何が良いだろう?」


うきうきしながら考えていると、怪しい実験をしていたマユリが部屋から出て来る。
そして、鼻歌を歌っているゆず乃に顔を歪ませた。


「何を考えているのかネ?」


いきなり話しかけられた驚きで、ゆず乃はビクリと体を揺らした。


「…ナンデモアリマセン」
「良いから言いたまえ。まさか、良い実験体でも隠しているんじゃないだろうネ?」


まずい人に、いや生き物に見つかってしまったとゆず乃は心の中で舌打ちをした。
しかし、マユリと喜助は同じ技術開発局。
もしかすると価値観が似ているかもしれない。そう思ったゆず乃は、大して当てにもせずに聞いてみることにした。


「隊長が欲しい物って何ですか?」


その質問にマユリは、心の底から軽蔑した目でゆず乃を見る。
そして呆れたように溜め息を吐いた。


「本当にグズだネ! それで良く席官になれたもんだヨ。そんなことも分からないのかネ?」


ゆず乃は、この生き物に質問したことを心から後悔し、やっぱり良いです、と言おうと口を開こうとする。


「それより、やっとその気になってくれたんだネ!?」
「…は?」
「遠まわしに私の欲しい物を聞くなんて、可愛いところもあるじゃないか」


ゆず乃は、無性に疲れを感じ席を立った。
もう話すことは何もない。そう思って部屋を出ようとしたが、マユリの次の一言に足を止める。


「さぁ、さっそく君の体を調べさせてクレ!」
「……」


そうか、それだ。
それがあった。
ゆず乃は、勢い良く振り返るとマユリに掴みかかった。
突然の衝撃に、マユリの頭はガクンと揺れる。


「隊長! 私、初めて…初めて! 隊長の言うことも少しは役に立つと思いました。ありがとうございますっ」


そう言うとゆず乃は走って部屋を飛び出した。
背後で何か怒鳴り声がするが、全く耳に入ってこなかった。


「そうよっ! 既成事実を作っちゃえば良いんだわっ」


いたずらが成功した子供のように、ゆず乃はご機嫌で虚の討伐へ向かった。


おかしなもので、その日のゆず乃は調子が良く。
あっという間に虚は倒してしまった。
軽い足取りで浦原商店へと向かう途中、ふと足を止める。
そして懐から箱を取り出した。

昔、渡すことが出来なかったプレゼント。それはもう古く色あせていて。
しかし、ゆず乃の気持ちは少しも色あせていない。


「やっと…渡せる…」


そう呟くと、顔を上げ走り出した。

浦原商店に着くと、予想通り部屋は飾りつけされていて。
やっぱり、ふざけているとゆず乃は笑った。


「喜助さん」
「やっと来たかぁ! 待ってたんだぜ、早く座れよっ」


ジン太の言葉に胸が熱くなるものの、まるで私の誕生日のようではないかと苦笑する。
喜助を見ると、扇子を使い変な踊りを踊っている。
ウルルは豪華な料理を食べたそうに指をくわえて眺め、テッサイはせっせと準備に励んでいた。
私は用意されていた座布団に座ると、喜助さんにお祝いの言葉を言う。


「覚えててくれたんスねっ! いやぁ〜、嬉しいなぁ〜♪」
「当たり前でしょ。まぁ…思い出したのは今日の朝だけど」


えぇっ!? と大げさに悲しむ喜助さんを無視して、私達は料理を食べようと手を合わせた。
料理はとても美味しくて、テッサイが全て作ったと聞いて驚いた。
プロ以上だ。
騒がしい食事の中、私は笑いながら心の中で昔の今日を思い出していた。

喜助さんがいない、あの追放されたと知った日を。
とても幸せだ。
このまま、今度こそずっと変わらないでいて欲しい。
他には何もいらないから。何も望まないし、全部諦めるから…。

喜助さんの傍にいたい。


「あっ! ジン太っそれは私のでしょ!?」
「ゆず乃は客だろ!? 遠慮しろよっ」
「逆でしょ逆! お客様は神様よっ」


私達が騒いでいる中、喜助さんもまた何かを考えているなんて私は気づかなかった。







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