紫陽花 Ajisai     彩光 10

ゆず乃は、ゆっくりと開いていく大きな扉を見ていた。

自分の知らない世界が、その奥には広がっている。
そこは、暗いイメージとは随分とかけ離れていた。
広い入り口から広がる庭。
そこには花が咲き誇り、池まである。
どう見ても牢獄とは思えなかった。


「ここが…」


呆然と、その光景を見るゆず乃。
その時、後ろから見張りの呻き声が聞こえた。
何だろう? と、ゆず乃は振り返った。

すると見張りは全員、倒れている。
その中で1人、悠然と立っている男。

最愛の人――浦原喜助だった。


ゆず乃が呆然としていると、浦原は帽子を取る。
そして、ゆっくりと歩いて近づいて来る。

ゆず乃は、ただ浦原を目で追っていた。
浦原は、ゆず乃の前で立ち止まる。

そして、そっと抱き締めた。
お互い、何も言葉を発しなかった。
きっと、すぐに死神達が集まって来る。
こんなことをしている余裕はない。
浦原が何をしに来たのかは分からないが、早く逃げないと捕まってしまうと思ったゆず乃は浦原の腕から逃れようと、浦原の胸を両手で押しやる。

しかし、びくともしなかった。


「…喜、助さん…早く逃げて…っ」


ゆず乃は切羽詰った声で、必死にそう言った。
すると、浦原がここに来て初めて口を開いた。


「…実験の質問を聞くにつれて、ゆず乃さんが何を作ろうとしているのか分かりました」
「…え…?」


浦原の言葉にゆず乃は驚く。
まさかバレているとは思わなかった。
しかし、浦原の実力を考えれば当然のことだった。


「もちろん、それが大罪だというのも知っていました」
「………」
「知っていながらも、アタシは一緒に居たいと思ってしまった…」


えっ? とゆず乃は固まる。
どういう意味か分からない。
一緒に居たいとは、どういうことだろうか。
ゆず乃の頭は、完全に混乱していた。

すると、浦原が体を離す。
ようやく2人の視線が合う。

ゆず乃は、帽子を被っていないせいで良く見える、浦原の優しい目元に視線を奪われる。
そして、近すぎる顔に頬を染めた。

顔を赤く染めたゆず乃を見て、浦原はふっと笑った。
そして、優しくゆず乃頬に手を添える。


「この様子じゃあ、まだアタシのこと好きっスね?」


余裕あふれる浦原の表情。
そして、それを見上げるゆず乃。

周りは、少しずつ隊士達が集まって来ている。
しかし、ゆず乃にはもうどうでも良いことだった。
どうなろうが構わない。
そう思った。
すると、浦原は帽子を被り周りを見渡した。


「じゃあ、帰りましょうか♪ ゆず乃さん」


とんでもないことを言う浦原に、ゆず乃は言葉を失い目を丸くする。
浦原を見上げると、浦原は不敵に笑みを浮かべ死神達を見ている。
すると、浦原が何かを投げた。
次の瞬間、とてつもない爆発音と共に大量の煙に覆われる。
ゆず乃は、何が起こっているのか理解出来ずに目を瞑った。


「ゆず乃さん、動かないで下さいよ」


その言葉と共に、ゆず乃の体は浮遊感に包まれる。
浦原に抱えられているのだろうとは理解出来るが、目を開けることは出来なかった。

現実を見るのが怖かった。
もしかしたら、これは夢で。
目を開けたら、今日の朝に戻っているかもしれない。
牢獄へ入る直前に、浦原が助けに来て逃げるなんて都合が良すぎる。
今まで、どんなに頑張っても通じなかった想い。
それが、いきなり通じるなんて信じられない。

でも、夢だとしても絶対に離したくはない。
ゆず乃は、そんな想いを抱えながら浦原の服を強く握り締めた。



どの位時間が経っただろう。
気づくと騒がしさは消え、代わりに車の音などがする。
…車…?
ゆず乃は、思わず目を開けた。
すると目の前には、浦原商店と書かれた看板が見える。


「…現世…?」


ゆず乃が呟くと、店の中からドタドタと足音がした。
そして、なだれ込むように中からジン太とウルルが出て来る。


「おっせーよっ! 捕まっちまったかと思ったぜ」
「ゆず乃さん…良かった…」


突然のことに、ゆず乃の頭は働かない。
ただ呆然と2人を見る。
すると、浦原がゆず乃を地面に降ろした。
地面に立ったゆず乃は、浦原を見上げる。


「ゆず乃さん、お帰りなさいっス♪」


ヘラヘラ笑いながら言う浦原は、いつもの浦原だった。
その様子に、逆に安心する。
もう大丈夫なんだ、と。
牢獄に入らなくても良いのだと。

何より、これからはずっと浦原と一緒にいれるのだと理解すると、ゆず乃は胸が熱くなった。
そして、勢い良く涙が目から流れ落ちる。


「あ〜、ゆず乃さん泣いちゃったじゃないっスかぁ〜ジン太」
「俺かよっ!」


じゃれ合う2人の後ろで、ゆず乃は泣きじゃくっていた。
そんなゆず乃の背中を、撫でる手がある。
涙でぼやけた目で振り返ると、テッサイが優しい目で見ている。
ゆず乃は、テッサイに向かって微笑んだ。


ゆず乃が部屋へ入ると、そこはいつかの誕生会を思い出すような飾りつけがされていた。
そしてテーブルには、テッサイが作った豪勢な手料理。
壁には垂れ幕までもが下がっていて、そこには『お帰り、ゆず乃』と書かれていた。
その光景に、ゆず乃は思わず吹き出す。
笑いが止まらなかった。


「あはは…っ、皆…ありがとう」


そう言うと、ジン太とウルルは満足そうに笑って頷いた。
食事は今までで1番、騒がしく。
そして皆の笑顔が絶えなかった。
料理を取り合うジン太とウルル。
それを怒り、拳骨をくらわせるテッサイ。
それを見てヘラヘラ笑う浦原。

その光景は、ゆず乃をひどく安心させた。
もう二度と見ることはないと思っていた光景。
それが突然、毎日見れるようになったのだ。
ゆず乃は、まだ信じることが出来なかった。


食事が終わり、ゆず乃は浦原と2人で縁側に座って星を眺めていた。
最後に2人で星を見るのは、もう随分と前のことのように思える。


「喜助さん…」
「何でしょう?」
「本当に…私ここにいても良いんですか…?」


不安そうに顔を俯かせるゆず乃。
浦原は苦笑してゆず乃の頭にポンッと手を置いた。
その重さがゆず乃に、現実だと教えてくれる。
浦原を見ると、浦原は穏やかな表情でゆず乃を見つめていた。


「いつの間にか…」
「え…?」


聞こえないくらい小さく呟いた浦原に、ゆず乃は聞き返す。
すると浦原は、今度は普通の大きさで同じ事を言う。


「いつの間にか、好きになってたみたいっス」


ゆず乃は、目を見開いた。
そして、浦原は優しくゆず乃の頭を撫でた。


「いや、愛してた。の間違いっスね」
と言うと、ゆっくりとゆず乃の顔に自分の顔を近づける。

そして、ゆず乃に優しいキスが落とされた。

その優しさに、ゆず乃は涙が零れた。
そして、顔を赤らめるゆず乃を見て浦原は笑った。

月の明かりで出来た2人の影は、ゆらゆらと揺れていた。







数日後―――。


「おいっ、ゆず乃〜!」


ジン太の叫ぶ声に、ゆず乃は大きな声で返事をする。
ゆず乃は、あるモノを探して押入れの中にいた。
その探し物を手に持ちながら、押入れから出る。
そして今だ聞こえるジン太の元へ行こうと立ち上がった。


「早くしろよ〜っ!」
「はぁ〜いっ、今行くわよ〜!」


そう返事をして、ゆず乃は手に持ったモノを力一杯、壁に投げつける。

投げつけられ、粉々に壊れたのは記憶変換装置。
記憶を消される直前に、いつか壊してやろうと誓ったのを覚えていた。

壊れたそれを見て満足気に微笑むと、笑顔でジン太の元へ走った。



浦原商店に増えた家族。

5人の住人は、今日も笑顔を絶やさずに過ごしている。












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