紫陽花 Ajisai    萌葱の葉 8

「単純な奴…」


胡坐をかき、顔を手の平に乗せ、恋次は呟く。
隣には乱菊も座っている。


「あんな臭いこと、良く言えたわね」
「うっ、うるせぇっ…!」


顔を赤くしながら怒鳴る恋次を冷めた目で見る。
そして深く溜め息を吐いた。


「ゆず乃も罪な女ねぇ、私に負けず」
「あぁ!?」
「シャイなあんたに、あんなことを言わせるまで惚れさせるな・ん・て」


バチンと、ウインクしながら言った乱菊の言葉に、恋次は硬直する。
少し顔が青ざめていた。
口をパクパクさせながら、恋次は両手を震わせ恐る恐る口を開いた。


「お、おま…っ! 何、で…」
「気づいてないとでも思った? 私が? ふっ…甘いわね」


恋次は頭を抱え、うずくまる。
そんな姿を、乱菊は笑いながらも優しい目で見つめる。


「ゆず乃が記憶を失った時、あんたがゆず乃を想って男泣きしてんの知ってるのよ」
「はぁぁぁあっ!?」


がばっと顔を上げる恋次。
先ほどまで青ざめていた顔は、今は真っ赤だ。
忙しい男だ、と乱菊は腹を抱えて笑った。


「あははっ! ウケる〜っ」
「ウケんなっ! てめ、いつの間に…」


怒りを露わにする恋次に構わず、乱菊は笑い続ける。
恋次は深く溜め息を吐き、項垂れた。
乱菊は、そんな恋次に向かって優しく言葉を投げかける。


「馬鹿ね…あんた」


長い間、ゆず乃を影から支え見守ってきた恋次。
その秘かな想いは、奥手な恋次にはどう扱って良いのか分からないのだ。
この不器用で優しい男に、乱菊もまた秘かに同情の想いを抱いていた。


「良いんだよ、あいつには浦原の野郎しかいねぇんだ」
「…記憶がなくても?」
「……分かるだろ?」


乱菊は、切なげに微笑んだ。
ゆず乃を深く知る者ならば、誰でも分かることだった。
記憶を消したところで、ゆず乃は新たに誰かを好きになるようなことはないだろう、と。

もし好きになるとしたら…。
それは、また浦原なんだろう。

何度でも、何度でも。
ゆず乃は浦原を好きになる。
そんな気がした。


「…というか、そうなって欲しい。って願望よね」
「…それが、あいつにとって何よりの幸せだからな」


屋根の上で、2人は庭に植えられた紫陽花を見下ろす。
何も知らないで、ただ綺麗に咲いているその花。

気持ち良さそうに、風になびかれていた。





「お邪魔しま〜すっ」


ゆず乃が浦原商店に入ると、ウルルが抱きついて来る。
それを笑顔で受け止め、ゆず乃は店の奥に目をやった。
襖が開けられ、中から欠伸をして目に涙を溜めた浦原が出て来る。


「まぁた来たんっスかぁ〜?」
「だって、何回やっても爆発するんです。もう何度、マユリ隊長に怒られたか…」


思い出したように遠くを見ながら顔を歪めるゆず乃。
浦原は苦笑しながら、ゆず乃を中に入れた。
ゆず乃は、ウルルと手を繋ぎ、浦原の広い背中を眺めながらついて行く。


「浦原隊長」
「何でしょう?」
「私のこと、どう思いますか?」


突然の質問。
浦原は、ピタリと足を止めた。
そして、少し険しい顔で振り返った。
ゆず乃は、いきなり空気が重くなったことに体を強張らせる。


「…どういった意味でしょう?」


扇子で口元を隠しながらも、いつもより鋭い目は隠されていない。
繋いだウルルの手を、無意識に強く握った。


「あ、あの…ただ…、」


ゆず乃は、しどろもどろに説明していく。
自分が、何か足りないように感じること。
時々、無性に感じる孤独感。
そして恋次に、咲かない花だと励まされたこと。
説明していく内に、気づくと重い空気は消えていた。


「何だ、そういうことっスかぁ〜♪驚いたっスよ、告白でもされるんだと思いました」
「…そんなはずないじゃないですか」


ゆず乃は、呆れた顔で溜め息を吐いた。
しかし、今の空気の重さだとゆず乃がもし思いを寄せていたとしたら、迷惑だということ。
それはどういうことなのか、とゆず乃は少し傷ついた。


「大丈夫っス」
「…え?」


ゆず乃が悶々と考えていると、浦原が口を開いた。
ゆず乃に背を向け、実験室へと歩きながら話は進む。


「ゆず乃さんなら、大丈夫っス」


一見、適当とも思えるその言葉。
だけどその言葉には、沢山の意味が含まれているように感じて。
ゆず乃は何も返すことが出来なかった。

浦原隊長。
隊長の背中は大きくて。頑丈で。
でも、いつもどこか冷たい。
私には分からない大きな何かを背負っているように感じる。
いつも、そう感じていた。
人当たりは良いくせに、一線を引いている。
あるところからは、近づけない。

そんなところが、私はずっと嫌だった―――


「浦原隊長」
「何っスかぁ〜?」


実験室の扉にを手をかけ、ヘラヘラと笑いながら振り返る浦原。
ゆず乃は、そんな浦原を見つめる。
そして、ふっと笑う。


「いえ…いつも感謝しています。後、数ヶ月で完成しそうです」
「…そうっスか。何が出来るんでしょう?」


浦原に教えてもらって、初めての質問だった。
今まで、深いことは一切聞いてこなかった浦原。
ゆず乃は、複雑な思いで浦原を見上げる。


「完成したら…分かります」
「…そりゃ、そうっスよね」


苦笑しながら浦原は実験室へ入って行った。
そして、その後をゆず乃が続く。

完成するまでの数ヶ月。
それがゆず乃には長く、先が見えないと感じていた。




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