私もさほど恋愛経験が豊富なわけではないが、そんな私でも驚くほどウソップは奥手な男だった。もう彼と付き合い始めて数ヶ月、普通のカップルならキスの1つや2つ、もうとっくに済ませているだろうに、私たちは違った。手を繋ぐことで精一杯の、まるで中学生のようなカップルだ。そしてついに彼が私の事を好きなのか、これじゃ私にはよくわからなくて思わず昨日「ウソップの気持ちがよくわからない」と吐き捨ててしまったのだ。後悔してるあたり、私も結構彼の事が好きみたいで。 はぁ、と小さく溜息を吐きながら今日も美化委員の仕事をちゃっちゃとこなす。各教室の清掃用具をチェックするという何とも地味な仕事をしている時、ある教室から聞き覚えのある二人の声が聞こえた。 「いつまで溜息吐いてんだよ、うるせェな」 「だってよ〜〜…」 「だってじゃねェだろ。今回のはお前が悪いぞ」 「そうなんだろうけどよ…」 聞き覚えがあるわけだ。聞こえて来たのはサンジとウソップの声だった。 物音がしないように、手元でカサカサと音を立てるチェックシートを胸に当ててそっと教室に寄りかかる。清掃用具のチェックとやらはこの教室で終わりだというのに、あまりにも入りづらい。それに何だかウソップも悩んでるみたいだし。 「大体お前、何ヶ月も付き合ってキスもしてねェって逆にすげぇぞ」 「そうかぁ?」 「そりゃ名前ちゃんも不安になるわけだ」 「…とは言ってもよ、こう…キッカケが」 「キッカケ?そりゃお前ちょっとした沈黙の時にチュッといけばいいだろ」 「あのなぁ…そりゃサンジは顔がいいからそういう事しても許されんだろ。俺みたいなB級の顔の奴がやることじゃねェ」 「ぶっ」 「笑うなァ!!こっちは真剣に悩んでんだ!!」 「おー、悪ィ悪ィ」 ぶっははは、とサンジくんの笑い声が背中の向こう側から聞こえてくるも、私の心中は何とも複雑だった。私が何気なく言ってしまった一言がウソップの事を随分悩ませているらしい。サンジくんの笑い声の狭間に微かに聞こえるウソップの声が酷く悲しそうに聞こえて、ズキズキと心の奥が痛んだ。 「まぁ、ウソップも少し積極的になるんだな」 「んなことわかってるよ…」 「じゃああとは行動に移すだけだろ?」 「まぁなー…」 「抱き締めてチュッ、だ。わかるか?予行練習でもするか?」 「アホかお前は!!!!」 「あ?……大事にするのもいいが、あんま時間置きすぎてもフラれるだけだぜ?」 「…サンジはいいよなぁ…」 「俺?」 「顔も良いし優しいし(女だけには)、料理も出来るしよ…」 「…」 「それに比べて俺なんかどうしようもねぇよ…」 「…バッカだなてめぇは。そんなお前を受け入れてくれたのが名前ちゃんだろーが」 「!」 「そう思うなら自分ばっか責めてねぇで彼女の事考えてやれよ」 「そうだな」というウソップの声は、微かに震えていた。サンジくんの言葉はウソップだけにじゃない。私の心にもずしんと重く圧し掛かった。 私だって顔は中の中だし頭だって別によくないし、何か特技があるわけでもない。だからこそウソップが私の事を好きと言ってくれるのが不思議でならない。でもそんなウソップに、私の事を好きだと言ってくれるウソップの為に何か出来た事があっただろうかと聞かれれば答えはノーだ。 私、ウソップのために何かしたことなんか…― 「あ、そうだ。本屋寄っていいか?新刊出たはずなんだ」 「おー。俺もたまには新しい料理本でも買うか」 ガタガタと椅子と机がぶつかりあう音で我に返った。まずい、このままじゃここで盗み聞きしてたことがバレちゃう。どうしよう、どうしよう。パタパタとその場を右往左往していると、ガラッと引き戸の重い音とともに出てきたサンジくんとばっちり目が合った。向こうも小さく「あ」というと、後ろにいるであろうウソップの方をちらりと見た。 「あー…ちょっと便所行ってくるから待っててくれるか?」 「あ?ああ」 「すぐ戻ってくる」 「おう」 ウソップから私の姿はまだ見えていない。いっそ此処から逃げてしまうか、でもそれじゃサンジくんの気遣いを無駄にしてしまう。 そうこう考えてるうちにひょっこり現れたウソップ。一瞬私に気付いていない様子だったが、相当驚いたのが凄い勢いで二度見をされた。 「お、おおおおおおお前…何でここにいるんだよ…!」 「何でって…清掃用具のチェックに…」 「あ…ああ、そうか…」 気まずい雰囲気の中に、放課後のチャイムがキンコンカンコンと響いた。 ごめんねと言いたくて時々唇が動くが、言葉が出るのには時間がかかりそうだ。喉元に何か引っかかってるような気持ち悪い感じが凄く嫌で、とにかく何か言おうと必死に言葉を絞り出す。 「あの…ね、ウソップ…」 「え?」 「……私、」 「俺さ」 「…?」 「きっとそのへんの男より経験かなり浅いし、何してあげたらいいかとかどうしたらいいかとかよくわからねェんだ」 「うん…?」 「でも、ただ自分の事だけに必死でお前の気持ち考えようとしてなかったのかもしれねぇな…」 「ウソップ?」 「ごめん…」 ウソップは申し訳なさそうに視線を下に向けると、再び沈黙が流れた。そんなことないよってすぐに否定すればいいのに、どうして何も言えないんだろう。これじゃウソップと変わらないじゃない。結局、似たもの同士ってことなんだろうか。 「……私こそごめんね、」 「え?」 「別にどんなウソップでも、わたし…っ!」 一瞬、自分の身に何が起きてるのか理解できなかった。でもすぐにわかった。私の頬に触れてるのがウソップの胸板で、その胸板が思ったより逞しいことも、笑っちゃうくらい心臓の音が速いことも。 「ウソ…ップ?」 「お前は謝んなよ」「…」「俺が男らしくねぇのが悪いんだから」 そう言うウソップの声と身体つきに、妙にギャップがあった。いつも口ばっかりで行動力のないウソップにいつも男らしくないって思ってた私がどうやら間違ってたみたいだ。こんなにも逞しくて、こんなにも温かくて。別にキスとかどうでもいじゃないって思えるくらい、ウソップの腕の中は心地良い。 「こんな風にしてくれるウソップ、凄い男らしいと思うよ?」 「そ、そうか?」 「うん」 頭に彼の手が被さる。ぎゅって押し付けるみたいじゃなくて、どこか遠慮がちに乗っかるような感じ。 少し間を置いて、「そういやサンジ便所長くねぇか?腹でも痛ェのか?」と言うウソップに「少しサンジくんの気持ちもわかってあげてね」と言ったら、まるでふりだしに戻ったかのように首を傾げた。 キスより大きなハグをひとつ 2011.5.29 kaiさま kaiてゅん宅の10万打企画よりS h e e pの続編です!いや、もうこれは何も言えないですよ。書いて欲しかった要素全部ぎゅぎゅっと入ってんだもん!お腹いっぱいだよ!さすがkaiてゅん、わたしの萌ポイントを正確に容赦無くドスドスとど突いてきますね。ごちそうさまです!何度読んでもウソップにどきどきさせられる(〇´д`〇)はふん |