もうすっかり開け慣れてしまったドアに鍵を差し込み、差し込んだところで一瞬考えてそのままカギを抜いた。にもかかわらずくるりと回ったノブは難なく扉を開けて俺を部屋へと招き入れる。

「…………」

 警戒心のかけらもない玄関に溜息を吐いて部屋に上がるとこれまた油断しきった女が隙ありまくりの格好でソファに横たわっていた。出来るだけ気配を消して近づき無防備なおでこに手刀を落としてやる。

「あたっ」
「無用心すぎ」

 攻撃されてはじめて俺の存在に気付いたらしく、おでこをおさえながらも久しぶり なんてふにゃりと笑うその顔にまた溜息が漏れた。

「仮にも女で、一人暮らしなんだから鍵くらい閉めるくせつけたら?」
「ごめんごめん、次は気をつけるから」
「ほんとかよ」

 へらへらと締まりのない顔にどうせ次もコイツの出番はないんだろうなともらってから一度も使ったことのない鍵をポケットにしまいこむ。
 俺のそんな杞憂など露ほども感じとっていないのであろう彼女はやっと上体を起こすと、きゅうっと目を閉じて思いっきり伸びをした。
 その拍子に服の裾からちらりと覗いた白い肌を横目に盗み見る。って変態か、俺は。

「鉄朗ってば、ぜんぜん会いに来てくれないから寂しかったよ」
「試合近いんだよ。今日もすぐ帰る」
「そっかぁ、試合かぁ…じゃあ、我慢する」
「…………」

 膝を抱えて口をとがらせた態とらしい拗ね方に心がゆらぐ。こうやって惑わされていいように使われて、頭ではわかっているのにそれでも離れられないんだから俺もどうかしてる。

「…つかさ、この状況説明してくれますかね」
「ん?」

 脱ぎ散らかっている服に、床にぶちまけられた化粧品、あちこち転がっている空のペットボトル、積み上げられたものが雪崩れたのであろう雑誌類。
 確か2週間前くらいにぴかぴかにして今度こそもう散らかさないと約束をしたと思ったが?
 ちなみにその約束自体も3度目だったが?

「あ…えと、仕事が忙しくて?」
「はい言い訳ー」
「いたっ」

 手刀二回目。

「オネーサン、本当に女?」
「確かめてみる?」
「…………」
「いたっ」

 キャミソールの胸元に人差し指をひっかけて挑発的な目をむけてくる彼女に本日三発目の手刀をくらわせてやった。

「もー、冗談じゃん」
「たち悪い」

 頭をおさえてうらめしそうに見上げてくる目から目をそらす。そしてそのままくるりと踵を返した。

「んじゃ帰るわ」
「え、もう?」
「すぐ帰るっつったろ」
「そうだけど、」

 わざとつれない態度をとるのはもしもの時の保身とか、ただの意地とか、すこしは追いかけてくれないだろうかという期待も込めてたりして。
 しかし毎回どれもが無駄な事なのだと思い知らされる。今日も例にもれず。

「今日は生存確認に来ただけだから」
「なにそれ、普通に生きてるし」

 彼女はソファに座ったまま背もたれに顎を乗せて笑っている。このたった数歩の距離でさえ追いかけてももらえない。ここで可愛らしく服の裾でも引いてもらえればそれだけで俺は馬鹿みたいに喜べるのに。
 
「じゃあねオネーサン、またいつか」
「またあした?」
「あしたは無理」
「ぶー、じゃあまたいつか近いうち」
「はいはい」

 明日来ようがいつか来ようが扱いは大してかわらないくせに。俺ばっかりが会いたくて触れたくて必要とされたいと思ってる。
 静かに閉まったドアに背中をあずけ今日も惨敗だったと肩を落とす。どうせ閉まるはずの無い鍵くらいは閉めていってやろう。
 そう思い鍵穴に鍵を刺そうとした瞬間、ドアノブが回りゆっくりとそのドアが開いた。開いたドアの隙間からこちらを伺うように覗いているのはもちろんこの部屋の主なわけで。初めての出来事に俺は目を瞬かせる事しか出来なかった。

「あ、良かった。まだいた」
「……は?」
「いい忘れた事があって」
「な――」

 なに?と問返そうと開いた口は一文字目の形で間抜けにも固まってしまった。
 せいいっぱい背伸びをして頬に落とされた唇のせいで。

「頑張ってね、試合」
「―――…、」
「それと、今度はちゃんと名前で呼んで」

 おやすみ、言いたいことだけ言ってさっさとドアは閉じご丁寧にガチャリと鍵の閉まる音まで聞こえた。
 それでもしばらく動けずにいたが、今起こった事を脳内でもう一度再生し、それが終わる頃には俺は両手で顔面を覆ってその場にしゃがみ込んでいた。

「〜〜〜っ」

 くそ、やられた!なんだよ、何なんだよ!!
 言葉にならない声も、緩みそうになる頬も、今に も走り出しそうな足も、体中から込み上げてくる何なのかもわからない全てを押し込むように頭を抱えた。
 たったあれだけの事でこんなにも舞い上がるだなん も て。さっきまでの悲壮感に打ちひしがれたような思考や駆け引きのつもりだった釣れない態度なんかを思い出すともう死にたいとさえ思えてくる。プライドもくそもあったもんじゃない。

 とりあえず、こんな状況で初めて使うことになった合鍵をポケットから取り出して鍵穴に差し込む。その後の事は全て勢いに任せることにした。




ひらけごま

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